陸軍工兵から施設科へ(61) 30年代のヒーロー「渡り鳥」

昭和30年代とは?

 昭和30年代は西暦では1955年から1964年をいいます。何度もいいますが64年は新幹線が走り、東京オリンピックがあった年です。昭和30年には政府は「経済白書」で初めて「前進への道」という言葉を使います。そうして翌年には、「もう戦後ではない」と高らかにうたいあげました。
 1955(昭和30)年には社会党の右派と左派が統一され、自由党と民主党が保守合同の道をとります。これから長く続く、55年体制といわれる社会が始まりました。そうして5年後、1960年には「安保反対闘争」が起きたのです。
 経験的にふりかえって見ると、この60年の安保以前と以後ではずいぶん世の中が変わった気がしています。小学生だったわたし、思えば60年以上昔のことになりました。今回も懐かしい映画を語りながら世の中のことを思い出してみます。

渡り鳥シリーズ

 テレビのBS放送で「ギターをもった渡り鳥」というタイトルを見ました。昭和34(1959)年8月の作品です。さっそく録画しておいて、夕方に帰宅後に観てみました。ああ、若いころの小林旭さんだと懐かしくなります。美青年でした。相手役の浅丘ルリ子さんも清潔感にあふれてほんとうに綺麗な人だった。
 さて、小林旭さんは、これまた懐かしいペギー葉山さんの「南国土佐を後にして」という歌謡映画の主演を果たします。この歌は元はといえば、戦地で長く過ごした土佐の兵隊さんたちの望郷の歌だったなどの説があるようです。
映画自体はたいへん申し訳ありませんが、安直な発想で作られたとしか言えません。ただ、わたしのような小学生にとっては、ほかの土地・世界の様子を知ることができるという新鮮さがありました。
 この映画が、実は旭さんが主演する「渡り鳥シリーズ」全9本の第1作になります。「渡り鳥故郷に帰る」を入れれば10本になりますが、最後の「・・・帰る」は物語のトーンも何より主人公もそれまでと変わるので普通はシリーズに入れないようです。
 「南国・・・」では、旭さんは刑務所から出て、故郷の高知に帰ります。そこで父親のおかげで100万円の借金を背負ったルリ子さんのために、自分で封印してきたダイス(サイコロ)の技を解禁します。コップの中に5個のダイスを入れてカラカラと振り、すっとコップを挙げると、中には柱のようにダイスが積みあがっています。
 旭さんが扮する原田譲司には特攻隊で戦死した兄がいました。兄の「母を頼む」という遺言に従って故郷に帰ります。しかし、元ヤクザの前科者です。社会は、故郷はそう簡単に受け入れてはくれません。また女性のからみもあります。亡くなった兄の婚約者が南田洋子さんです。この人にもひかれ、ルリ子さんにも好意をもちます。しかし、結局は「・・・後にして」、故郷を去ってゆきました。
 旭さん扮する主人公は戦争の影をもっています。兄が特攻隊で死んだなどという設定が当時はおかしくありませんでした。元海軍予科練習生だった、陸軍少年飛行兵だったという人たちは、映画の公開当時には30歳になるかならぬかという歳だったのです。
まだ彼は過去にこだわってもいました。死んだ兄の遺志を果たすとか、兄が愛した女性を慕い、そのことを罪深く思う。そんな文芸路線が「南国・・・」です。
これが次の「ギターを持った渡り鳥」になると、まったくリアリズムは無視されます。

次男や三男は都会に出た

 同じ1959(昭和34)年には守屋浩さんという人の「僕は泣いちっち」という妙な歌が流行りました。たしか、その前の流行歌の多くは、東京に出た男性が故郷に残した女性を思うようなものが多かったのです。ところが、守屋さんの歌はそうではなかった。村に残された青年が、東京に出た娘を思って泣いたあげくに「僕も東京に行こう」と決意するのです。職を求めて上京する女性も増えてきたということでしょう。
 東京には女性の仕事はずいぶんありました。まだ駐車場を備えた大きなスーパーマーケットはありませんでしたが、小売店という商売が、ふつうに私鉄や国鉄の駅前でできた時代です。近所の奥さんたちは買い物かごを提げて近くの商店街に行きました。勤め帰りの人たちもお客にはたくさんいたのです。
女店員さんという言葉もありました。都会の大工場ばかりか、中小工場も昔と変わらず女性労働者を吸収していました。全国の農山村、漁村から続々と若者は都会に出て来たのです。家を継ぐ、継がねばならない土地がない次男や3男は都会に出て行った時代でした。

滝伸次のさすらい

 ギターだけをかついで、着替えをつめたカバンもバッグもありません。旭さんこと滝伸次は急に現われます。北海道でした。馬車に便乗してきた旭さんは町へ降りてゆきます。この他にも1960(昭和35)年から「流れ者」シリーズが始まり、旭さんはそこでは野村浩次として主役を務めました。
 撮影所の不幸な事故で亡くなった赤木圭一郎さん。この人がスターになった「抜き撃ちの竜」シリーズでは旭さんは「剣持竜二」という名前になります。みな「次男」の名前です。故郷を離れた根なし草の虚無感、次男だからこそ家を出なければならなかった諦念、あきらめといった感じをうまく演じることで、都会の若者たちの心をつかんだのでしょう。
 うちの近所の町中華にも地方からきたオニイサンがいました。店主に叱られながら家族扱いをされて、いつも元気に働いています。皿やどんぶりを洗って、自転車も片手運転で出前に走り回っていました。いつか自分の店を持とうとしていたのでしょう。八百屋さんにも酒屋さんにもそうした人がいっぱいいました。お元気なら70歳代後半、あるいは80歳代でしょうか。
 時代を移す鏡としては、地方都市には必ずヤクザがいました。渡り鳥シリーズには必ず土地買収や再開発が描かれます。各地の新興暴力団のリーダーがいます。またこの人がたいて金子信雄さんという脇役俳優です。アミューズメント施設(ドリームランドとかいう言葉を知りました)を計画したり、ホテル建設や駅前の再開発を企画したりします。牧場や鉱山、昔からの商店の土地を狙いました。
 古い暴力団同士の抗争ではありません。経済ヤクザによる開発を考える人と、現状維持派の戦いです。そうした中に入った「渡り鳥」は事件を解決します。痛快なほどの活躍ぶりです。
 浅丘ルリ子さんは善玉のフィアンセであったり、娘さんであったりしますが、滝に心を寄せます。しかし、滝はなぜか拒みます。事件の解決とともに地域の祭りが始まりました。滝はやぐらの上で1曲歌います。そうしてルリ子さんの熱いまなざしに背を向けて人ごみの中に姿を消して行きました。
 滝には過去も未来もありません。街から街へ、自分の腕と度胸だけを頼りに生きてゆく。そうしたカッコイイ姿は、都会で暮らす多くの次・三男たちの心をとらえました。
 次回は拳銃とマドロス・・・などを思い出しましょう。そうして60年安保のことも調べてみます。今回は『日活アクションの華麗な世界(合本)』(渡辺武信・未來社・2004年)に多くを学ばせていただきました。
(つづく)
(あらき・はじめ)
(令和四年(2022年)11月30日配信)