空挺団物語(35) 空挺団物語・こぼれ話

□どうにも不思議な気候

今日あたりの気温の様子は、通常の10月末だとのこと。ちょっと晴れ間が出たら、また雨模様です。東京では37日間も降水が続いたとか。たしかにこんなことが過去あったでしょうか。水源地の晴天続きのせいで、東京や神奈川のダムがほとんど貯水量のゆとりがなくなったとかの報道は、ついこの間のような記憶があります。

こういうことでは、これまでの経験による予想が当たらなくなりました。秋の実りの景色も地域によっては変わってしまったことでしょう。

冬の天気も心配になりました。

今回は空挺部隊のこぼれ話を紹介します。

 

▼滑空飛行部隊の空輸作戦

1943(昭和18)年8月に滑空飛行戦隊ができた。挺進第5聯隊は、滑空飛行戦隊とともに西筑波飛行場に駐屯し、共同訓練を行なうことができた。しかし、戦車、工兵、通信の諸隊は唐瀬原に展開していたので、滑空機を使う訓練ができなかった。

昭和19年4月には、唐瀬原で特命検閲があり、総合演習下で降下に続いて降下場内に「クー8」を数機を着陸させた。搭乗部隊は挺進第5聯隊の重火器大隊の一部だった。ただし、共同訓練は、これが最初で最後となった。

ここでもう一度、わが陸軍の滑空機について説明しておこう。滑空機はドイツ軍もアメリカ軍、英国軍の活用した。最大のメリットは、火砲などの重装備を物料傘で降ろすのではなく滑空機内に載せて、そのまま着陸できることである。わが陸軍は当初、開発に後れをとったが、なんとか実用性のある滑空機を製作することができた。

滑空機の短所は、自分で飛ぶことができない。重爆撃機による牽引であったから、着陸すると、その回収は難しい。また、この演習の直前に事故があったが、曳航機との切り離し操作を誤ると、失速し、墜落するといった危険性が高かった。

▼戦場輸送に滑空機を投入

昭和19年6月に、戦場に物資を少しでも届けようと、輸送中隊が2個編成された。第14輸送飛行中隊と第15同である。これを第8輸送航空隊として編合し、第1航空軍の指揮下に入れた。
各中隊は97式重爆を9機、「クー8」滑空機を装備し、滑空飛行戦隊が編成を担当した。優秀な乗員が選ばれ、立川を基地として南方に対する空輸を始めたが、昭和20年に入ってからは空襲が激しくなったので、埼玉県坂戸飛行場に移駐することになった。

空輸先は主にマニラとされたが、上海、南京にも飛んだ。通信機や、航空機の部品、衛生材料、兵器部品などであったらしい。重爆1機が滑空機1機を曳航し、3機+3機で1群をつくり飛行した。

正確な記録が残っていないが、生存者の談話によると、多い人は15回くらいは行なったと証言している。延べ機数は100機以上ではないかと田中氏は推測する。

▼目的地への飛行と帰路

立川から新田原へ、そこから沖縄の小禄飛行場、台湾の嘉義、もしくは屏東に飛ぶ。そこから上海、南京、マニラへ行く。第14中隊は無事故、第15中隊は台湾で曳航ワイヤが切れて阿里山麓に滑空機が不時着するといったことがあった。

着陸すると滑空機はそのまま残置し、操縦者だけを重爆に収容したが、便乗者で機内はいっぱいになった。

▼体験飛行

挺進練習部では、滑空機搭乗部隊のうち、西筑波の挺進第5聯隊だけは滑空機搭乗の訓練と体験ができたが唐瀬原の部隊は、その機会がなかった。そこで、南方空輸を利用して幹部の体験飛行を計画した。

挺進戦車隊や同工兵隊の将校が、空輸品宰領を名目にして上海まで行った。この行動は輸送飛行中隊では指揮系統が異なるから、同隊ができる前かもしれないという。

▼空輸作戦の打ち切り

昭和19年10月12日には「台湾沖航空戦」が始まった。当時はマニラに夕刻に着陸し、滑空機と重爆に搭載した物資を降ろし、翌早朝に重爆は帰った。しかし、それも11月に入ると実行不可能になり、滑空機の輸送作戦は打ち切られた。

マニラに残した滑空機(クー8)は飛行場などで囮飛行機に偽装され敵火を吸収することでお役に立ったという。この空輸が、滑空機部隊による最後の行動だった。

(つづく)

 

 

荒木肇(あらきはじめ)
1951(昭和26)年、東京生まれ。横浜国立大学大学院教育学修士課程を修了。専攻は日本近代教育制度史、日露戦後から昭和戦前期までの学校教育と軍隊教育制度を追究している。陸上自衛隊との関わりが深く、陸自衛生科の協力を得て「脚気と軍隊」、武器科も同じく「日本軍はこんな兵器で戦った」を、警務科とともに「自衛隊警務隊逮捕術」を上梓した(いずれも並木書房)。陸軍将校と陸自退職幹部の親睦・研修団体「陸修偕行会」機関誌「偕行」にも軍事史に関する記事を連載している。(公益社団法人)自衛隊家族会の理事・副会長も務め、隊員と家族をつなぐ活動、隊員募集に関わる広報にも協力する。近著『自衛隊砲兵─火力戦闘の主役、野戦特科部隊』。近刊として『第一空挺団(仮題)』((並木書房)。