陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで

陸軍砲兵史(31)

□はじめに

 日露戦争は「歩兵の戦い」でした。大陸などへ海を渡った野戦軍に属した人は約94万人、うち半数強(55%)が歩兵科の将校・下士・兵卒です。戦闘中の即死、あるいは負傷を理由として亡くなった方(戦闘死者とする)は全体 ...

陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで

陸軍砲兵史(22)

□はじめに

 さすが、7月はやたらに暑いと思ったら、過去の記録を塗り替える猛暑だったようです。連日の体温すら超えるような暑さにはほんとうに参りました。歩いて出かけることもままならず、一日、エアコンをかけております。

陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで

陸軍砲兵史(21)

□はじめに

 「そこから旅順港は見えるか?」、「見えまあす!」という映画の中の名場面がありました。有名な203高地が占領された後、第3軍司令部と前線の双眼鏡を構えた将校の会話です。

 旅順攻囲戦についてはあまり ...

陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで

陸軍砲兵史(15)

□はじめに

 1871(明治4)年のことでした。兵部大輔(ひょうぶたゆう)だった山縣有朋は兵部少輔川村純義と同西郷従道との連名で「軍備意見書」を出しました。

1)軍備は国内向けから外国向けに変える。2)徴兵制を ...

陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで

陸軍砲兵史(12)閉鎖機の工夫

□はじめに

 梅雨に入ったようです。5月中に宣言が出ると12年ぶりとかテレビでは言っています。また、激しい雨が予想されるとか。先日は久しぶりに富士山麓の御殿場市、駿河小山市にお邪魔して田植え前の美しい景色を楽しめました。梅 ...