陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(111)自衛隊砲兵史(57) ソ連崩壊前夜!防衛政策の行方

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 「自衛隊砲兵」いよいよ上梓近く、先行したネット予約などでは多くの方々からお申し込みをいただいております。ご期待をいただき、まことにありがとうございます。過去のことばかりではなく、現状と将来について言葉足らず、調査不足ではありますが、関係機関の皆さまにご協力をいただいております。ぜひ、店頭でもご覧いただき(16日から)、ご購読をいただければ幸いです。

▼80年代に続々登場の新装備

 70年代は74式戦車、73式装甲車、74式105ミリ自走榴弾砲、75式155ミリ自走榴弾砲などが制式化されました。また、より大口径の軍団砲兵の装備である203ミリ自走榴弾砲もアメリカから導入されました。そうしてロケット砲兵、75式130ミリ自走多連装ロケット弾発射機も北方の特科団で活動を始めます。

 これらと並行して、開発・研究されていたのが80年代の新装備でした。まず、年代の若い順からいえば82式指揮通信車です。78年度から81年度にかけて開発されました。特徴は装輪、3軸、6輪駆動で、最高速度115キロ/時、各師団の師団司令部や自走特科部隊の指揮車として用いられます。

 87式偵察警戒車も特徴ある装甲車輌です。武装はスイス・エリコン社製の25ミリ自動カノン砲で発射速度も570発/分と高いものでした。82式指揮通信車とエンジン、サスペンション、駆動装置はまったく同じです。異なるのは機関室の位置で、82式の車体中央左側から、同右後方に変わっています。車体の中央に戦闘室を設ける必要からでした。

 同じく87式自走高射機関砲も新装備です。74式戦車と動力は同じで、エリコンのKED機関砲(口径35ミリ)を2門、砲塔に装備しています。捜索レーダ、追跡照準同、デジタル・コンピュータから成る射撃統制装置を砲塔に載せています。これが機甲師団になった第7師団第7高射特科連隊に装備されたのは当然です。

 81式短距離地対空誘導弾も純国産の野戦防空、航空基地防空に使われる「短サム」といわれたミサイルです。特長はIRパッシブ・ホーミング形式による空中ロックオン方式でした。空中ロックオン方式というのは、ミサイルは目標との会敵点へ発射されて、目標をIDシーカーで捕捉すると、あとはホーミングに移行します。そのため統制装置はミサイルを発射すると、他の目標に対応が可能になります。

 フェーズド・アレー・レーダといえば、海軍のイージス艦に搭載されたものです。このレーダがFCS(管制システム)車1台につき、2連装ランチャーを搭載した2台のトラックとまとまって1個小隊となります。1990年には全師団で各高射特科大隊に配備が完成しました。

 地味な装備では、83式地雷敷設装置もありました。大型トラックや装甲車で牽引して、対戦車地雷などを迅速に広範に敷設できます。1時間に対戦車地雷300個を埋設できたそうです。同じく敵の行動地域に事前に地雷を散布する装置もありました。87式地雷散布装置といい、中型のUH-1ヘリコプタの左右に取り付けます。対人、対戦車どちらの地雷も運べました。敵前上陸や敵水上機動部隊の予想されなかった地点へ登場した時の緊急地雷原をつくるのに最適でした。

▼87式対戦車誘導弾

 64式(マット)、79式(重マット)の次は、いよいよ「中マット」といわれた87式の出番です。セミ・アクティブ・レーザー・ホーミングを使った2.5世代といわれる対戦車誘導弾のことになります。

 有線誘導弾であった第2世代までは、ワイヤーが立ち木や障害物に引っかかったり、地上には赤外線を発する物が多かったりしたために、赤外線ミサイルの撃ちっ放しは難しいとされてきました。

 ところが、この中マットは国産初のレーザー誘導方式をとり、射手が発射位置から自由に離れることができるようになります。これは射手がレーザー照射機の眼鏡で目標を照準しつつ、レーザー光を目標に向けて発射します。それをミサイルのホーミング・ヘッドが目標からのレーザー反射光を検知して、そこへ命中するようになっています。

 中マットは本体が全長1メートル、直径は11センチ、重量は約12キロと軽いので、険しい地形でも人員携行ができます。システム重量はミサイル6発を含んでも140キロとひどく軽くなっています。

 87年に制式化されて、88年から部隊配備が始まりました。それまで一般の普通科部隊では106ミリ無反動砲が有力な対戦車兵器でしたが、射程の短さが欠点でした。中マットはその射程の長さから敵装甲車輌のアウト・レンジ(射程外)する有効なものです。

▼88式地対艦誘導弾

 専守防衛という立場からすれば、スタンド・オフ(敵射程外からの攻撃)性能を持つというのは「憲法9条」の精神からも問題であることは明白です。9条の記載をまともに受け止めれば国民は、まず「侵略があったら座して死ね」となります。

 しかし、侵攻の意図をもってわが国の沿岸に進んで来ることが明らかになっている艦船への攻撃は可能です。地対艦ミサイルSSM-1は航空自衛隊の80式ASM-1(空対艦ミサイル)の陸上型でした。海岸線から100キロ以上離れた山間部の秘匿された陣地から巡航ミサイルを発射して敵艦船を攻撃しようというものです。

 ASM-1は弾頭部、誘導部、制御部、推進部などがみなモジュール化されています。そこでシステムを交換することで、まったく別のミサイルにすることができるのです。良い例として平成2年(1990年)度に海上自衛隊が建造したミサイル艇にもSSM-1Bとして採用されました。

 このように、80年代の陸自は対ソ連戦用の装備を研究・開発し、世界水準の兵器を次々と取得し、訓練に励んできました。それが、まさかソビエト連邦が崩壊してしまうとは、誰も考えもつかなかったことなのです。

(つづく)

荒木肇(あらきはじめ)
1951(昭和26)年、東京生まれ。横浜国立大学大学院教育学修士課程を修了。専攻は日本近代教育制度史、日露戦後から昭和戦前期までの学校教育と軍隊教育制度を追究している。陸上自衛隊との関わりが深く、陸自衛生科の協力を得て「脚気と軍隊」、武器科も同じく「日本軍はこんな兵器で戦った」を、警務科とともに「自衛隊警務隊逮捕術」を上梓した(いずれも並木書房刊)。陸軍将校と陸自退職幹部の親睦・研修団体「陸修偕行会」機関誌「偕行」にも軍事史に関する記事を連載している。(公益社団法人)自衛隊家族会の理事・副会長も務め、隊員と家族をつなぐ活動、隊員募集に関わる広報にも協力する。近著として『自衛隊砲兵─火力戦闘の主役、野戦特科部隊』を予定。

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Posted by arakih