空挺団物語(14)パレンバン(5)──想定外の強行着陸
□ご挨拶
ようやく気温が30℃に及ばない日が来ました。ほんの少し秋らしくなりました。今日の話題は、田中賢一氏の著作にある「もう1機の強行着陸」を氏の文章をリライトしてみました。実戦ではこうした隠れた事実があるものだと思います。
▼計画外の強行着陸
第2中隊の釜田軍曹以下10名が搭乗した第12輸送飛行中隊のロ式輸送機に事故があった。パレンバン目指して離陸したが油圧系統の不調で脚が上がらなかった。機上の機関係が操作を繰り返すが一向に作動しない。カウリング(エンジン覆い)から出たままの主脚の抵抗のせいで速度は上がらず、僚機と編隊が組めなくなった。機長の三谷准尉が座席から釜田軍曹をふり返り、いったん着陸してから整備をし直すという。
飛んでいるじゃないか、軍曹は思った。脚が引き込まないくらい、たいしたことではない。いまさら基地に引き返して敵に後ろを見せられるものか。准尉殿、このまま行けないのでしょうかと言い返した。准尉はいう。行けないことはないが、脚の抵抗で燃料を食い過ぎてしまう。それでは基地まで帰れないのだ。着陸して修理するか、予備機に乗り換えるしかない。
副分隊長の名井軍曹も口をはさんだ。帰れなくなったって飛行隊には気の毒だが、私たちには関係ない。とにかくパレンバンまで行ってくれと言うのだ。いまさら引き返すなんてできるものか、とにかくパレンバンまで行って下さい、それとも准尉殿は恐ろしいのですか、うちの挺進戦隊なら行ってくれるのになぁなどと暴言を吐いた。
昨日、初めて会ったような連中のくせに、なんて物の言い方だ。ようし、それなら行ける所まで行こうじゃないか、その代わり、編隊からは遅れるから低速で単機でいくしかないぜ。敵戦闘機がきたら食われてしまうが、その覚悟をしておけと准尉は答えた。主力の編隊からはどんどん遅れた。掩護戦闘機もとうとう見限ったらしく、翼を振って合図をしてから主力を追って速度をあげていった。
▼降りるぞ!
ムシ河河口にさしかかる。三谷准尉は釜田軍曹に言う。燃料が減りすぎた、このままではマレー半島の南端には帰れない。パレンバン飛行場近くに強行着陸するから、お前らも降下は止めて一緒に着陸してくれんか。俺ら3人(操縦員、機長、機上機関係)だけでは敵に出会ったら困るからと提案した。
釜田軍曹は名井軍曹と相談し、あれだけ無理を言ったんだ、着陸に付き合うしかないだろうと決心する。パレンバン飛行場に近づいた。主力の降下場所を空から眺めると、無数の落下傘が散らばっている。樹木がポツンポツンとあり、それに引っかかっている傘も相当数見える。これらを避けて、その南側に着陸することにした。
強行着陸には脚を収めての胴体着陸が安全である。その脚が出っぱなしだ。燃料の非常排出弁を開く。着陸時の引火を防ぐためだ。エンジンの点火スイッチを切り、機関の音はまったく聞こえない。ただ2つのプロペラは空転するだけだ。全員、落下傘を盾にして身体の前をかばった。降りるぞ!という准尉の指示の声が機内に響いた。
左翼が樹にあたった。大きな音がして、全員が機体の右側に押しつけられて胴体が真っ二つに折れた。みな機外に放り出される。左エンジンの近くから赤い炎がメラメラとあがった。激しい銃声が聞こえた。敵戦闘機が機銃掃射を終えて頭上をかすめて飛び去った。どうやら追跡してきていたらしい。まさに危機一髪だった。
▼負傷者を担いで
三谷准尉と釜田分隊長が大声をあげて部下を集めていた。名井軍曹は走って行こうとしたが右足首がおかしい。変な方向に向いてしまって、真っすぐ歩けない。おおい、足が折れたらしいと言ったら、馬鹿を言うな、足が折れたら立てるわけがないだろう、早くこっちへ来いと返事が返ってきた。
集まってみると、やはり名井軍曹の足は折れていた。中元上等兵と奥1等兵も怪我はしているがたいしたことはない。高木軍曹がいないと気がついた。おおい、高木、高木、軍曹殿と呼んでも返事がない。周囲を探すと機体の尾部が折れて落ちている下に足だけ見えた。引き出そうとすると、痛いという。やれ生きていたかと皆で機体を持ち上げて救出した。腹部を圧迫されて重傷だが意識は明瞭だ。
着陸時刻は1145(午前11時45分)だったが、その後、約1時間が経った。降下地域のすぐそばに降りたつもりだったが、附近に友軍の気配はまったくなかった。おそらくもう友軍は飛行場に進出したのだろう。遠方からは激しい銃声が聞こえる。およそ3キロメートルほど先だと思えた。とにかく主力に合流しなければと、負傷者を担いでみなそろって進んだ。
樹木の密度は低いが、下草が繁っていて見通しがきかない。蔓草(つるくさ)もあって、身体に絡みつく。とにかく進めない。江川野伍長が立ち木に登ってみると言う。みなが下から仰ぎ見ていると、伍長は悲鳴をあげてドスンと地上に落ちて来た。どうしたと駆け寄ると、蟻が、蟻がと叫んでいる。上着を脱ぎ、シャツとズボンも脱ぎ、赤蟻を振り落とすのに必死である。大きく、しかも強い。スマトラの赤蟻にはみなすっかり驚いた。
▼中隊に合流
日没頃に、パレンバン市に通じると思われる立派な舗装道路に行きついた。腹部を圧迫された高木軍曹は苦しそうで、ここに置いて行ってくれと言う。釜田軍曹は高木軍曹と2人の負傷した兵を警戒員に任せて前進する。途中で敵が遺棄した燃料タンク車を発見し、それに乗って負傷者のところに引き返した。彼らが負傷者とともに飛行場に着いたのは翌朝のことだった。
次回は精油所急襲隊の行動を調べてみよう。
(つづく)
荒木肇(あらきはじめ)
1951(昭和26)年、東京生まれ。横浜国立大学大学院教育学修士課程を修了。専攻は日本近代教育制度史、日露戦後から昭和戦前期までの学校教育と軍隊教育制度を追究している。陸上自衛隊との関わりが深く、陸自衛生科の協力を得て「脚気と軍隊」、武器科も同じく「日本軍はこんな兵器で戦った」を、警務科とともに「自衛隊警務隊逮捕術」を上梓した(いずれも並木書房)。陸軍将校と陸自退職幹部の親睦・研修団体「陸修偕行会」機関誌「偕行」にも軍事史に関する記事を連載している。(公益社団法人)自衛隊家族会の理事・副会長も務め、隊員と家族をつなぐ活動、隊員募集に関わる広報にも協力する。近著『自衛隊砲兵─火力戦闘の主役、野戦特科部隊』(並木書房)。


