空挺団物語(38) こぼれ話(4)戦時の動員と予備員
▼戦時動員がない自衛隊
いや、陸海空自衛隊にも予備員がいるだろうという方もおられるでしょう。確かにわたしの身内にも予備を冠する隊員はいますし、年間で決められた日数の訓練に出頭しています。ただし、昔の陸海軍のように、戦時に作 ...
陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(76)自衛隊砲兵史(22) ソ連軍上陸す(抜海台地の戦い)
□戦車団
1974(昭和49)年8月、第1戦車団が新編されました。戦車数は222輌、3個戦車群で、のちに第2、第3戦車群は第72戦車連隊、第73戦車連隊の基幹部隊になりました。各戦車群には戦車中隊の他に本部管理中隊があり ...
陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(64)自衛隊砲兵史(10) 107ミリ重迫撃砲(1)
▼迫撃砲にライフリングがないのは?
迫撃砲(MOTOR)というのは、高い弾道で撃ち出して近距離までも射撃できる火砲です。もともとは日露戦争でも使われました。最も進歩したのは第1次世界大戦でした。加農は直射弾道で、榴弾砲は ...
陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(51)4年式15糎榴弾砲
▼大正時代の野戦重砲
陸軍の15糎榴弾砲は、日露戦争後に到着したクルップ社に発注した38式15榴から歴史が始まります。いわゆる「サンパチ式火砲群」の一つです。しかし、いくつかの設計上の失敗があり、陸軍は大正時代に4年式15 ...
陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(45) 第1次世界大戦の教訓
▼世界大戦を体験しなかったからという誤解
これはよく言われることです。日本陸軍は第1次世界大戦をきちんと学ばなかったから、陸軍は新しい考えを取り入れなかった。たとえば、大正初めから装備化が進んだ38式歩兵銃の全長は短くな ...
陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(39)重砲の威力と戦車の登場
□はじめに
第1次世界大戦と問われて、どのようなイメージを持たれているでしょうか。第2次世界大戦ならすぐに、原子爆弾、特別攻撃隊、真珠湾攻撃、ミッドウェイ、フィリッピンの戦い、硫黄島、沖縄などという太平洋方面、あるいは中 ...
陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(37) 第1次大戦で砲兵が学んだこと
□はじめに
一気に冬がやってきました。ついこの間まで半袖にすれば良かったなどと思っていたのに。もう朝晩の冷え込みや木枯らしに厚着をしています。コロナよりも例年通り、インフルエンザが流行るとのこと。老人には危険がいっぱいで ...
陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(36)砲兵火力より肉弾
▼欧州軍隊が日露戦争から学んだこと
まず、堅固な要塞を攻めるには大口径の榴弾砲が有効だったことです。ドイツはさっそく大口径の攻城重砲を整備します。しかし、同時に日本陸軍が行なった白兵突撃を欧州諸国ではたいへん高く評価しま ...
陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(32)日露戦争の総決算(2)
□はじめに
KYさま、いつもご愛読ありがとうございます。今回も素晴らしいご指摘に感服しました。「庶民の悲劇」に寄り添うのが戦後歴史学界の常識でした。「民衆はいつも被害者だった」、「地位の高い人間はいつも得をしていた」、そ ...
陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(31) 日露戦争の総決算
□はじめに
日露戦争は「歩兵の戦い」でした。大陸などへ海を渡った野戦軍に属した人は約94万人、うち半数強(55%)が歩兵科の将校・下士・兵卒です。戦闘中の即死、あるいは負傷を理由として亡くなった方(戦闘死者とする)は全体 ...