空挺団物語(9)降下即突撃
▼挺進飛行戦隊
1941(昭和16)年12月1日に挺進第1聯隊が動員される。つづいて団司令部、挺進飛行戦隊、挺進第2聯隊と次々と動員が下令された。2個挺進聯隊は各4個中隊、各中隊は3個小銃小隊(各4個分隊)、機関銃小隊( ...
空挺団物語(4)輸送機をどうするか?
□陸軍輸送機の抱えた問題
航空優先のかけ声が大きかった。ところが、地上絶対という言葉もあった。どんどん拡充しろ、航空は大切だと誰もがいう。ところが、実際の予算の配分や、開発についての経費などの交渉では航空部門が最優先とい ...
陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(105)自衛隊砲兵史(51) 戦車について
いよいよ分断作戦が始まります。今回も木元将補の『道北戦争1979』を元にして語らせていただきます。
▼7月17日
宗谷丘陵は道北地域を東西に分ける分水嶺です。中央部には幌尻山(標高427メートル)、モイマ山 ...
陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(93) 自衛隊砲兵史(39) 74式戦車の解説
□戦車の射撃
いよいよ仮想戦記の最大の見せ場である戦車隊の突入です。どのように企画された装備が、どのようにして戦場で生かされるのか、まさに開発者も、製造者も、用兵者もその存在そのものをかけた戦い、しかも貴重な人命を預けた ...
陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(73)自衛隊砲兵史(19) 着上陸侵攻する敵部隊を撃破せよ
□当時「有事法制」は検討中
いよいよ木元陸将補のご著書『道北戦争1979』では、ソ連軍の航空優勢の中で稚内への着上陸侵攻が始まります。ここで興味深いのが、当時の「有事法制」です。木元氏は当時、防衛庁では3つの分類に従って、 ...
陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(33)日露戦後の砲兵
▼砲塔砲台とは
素晴らしい好天に恵まれて、今日(22日)は東京湾要塞の千代ケ崎砲台に行きました。京浜急行浦賀駅から港を見ながら徒歩10分、道は史跡燈明堂入口まで平坦です。そこから右手の上り坂をあがります。丘の上に入口があ ...