陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(93) 自衛隊砲兵史(39) 74式戦車の解説

2025年1月13日

□戦車の射撃

 いよいよ仮想戦記の最大の見せ場である戦車隊の突入です。どのように企画された装備が、どのようにして戦場で生かされるのか、まさに開発者も、製造者も、用兵者もその存在そのものをかけた戦い、しかも貴重な人命を預けた結果が出ます。

 ところで、火砲の射撃は直接と間接の2つに分けられます。直接射撃とは目に見える標的を撃つことです。戦車砲こそ、その典型的なものでしょう。弾のスピードはとても速く、およそ毎秒1500メートル(約マッハ5)などというものです。だから2000メートルや3000メートルという距離なら、1秒ちょっとという時間で砲弾は目標に届きます。

間接射撃というのは観測者がいて、その指示に従って砲手は見えない敵を撃つことになります。いまの自衛隊の砲身砲の射程は約40キロメートルにもなりますから、目標、観測者、射撃する砲(戦砲隊)の互いの位置関係を正確に測量し、さまざまな条件を統制して撃ちます。

▼装弾筒付翼安定徹甲弾(APDSFS)

 戦車の砲弾には、装弾筒付翼安定徹甲弾(APDSFS)と成形炸薬弾(HEAT)と粘着榴弾(HEP)の3種類があります。

まず、装弾筒、翼安定という言葉から気がつかれますか。徹甲弾というのは「装甲を貫徹する」から徹甲です。たいへん古い言葉で明治時代から使われています。それに翼がついて安定させるということから、撃ちだされた弾が旋転するわけではないことが想像されるでしょう。

ご承知のようにL7A1の砲腔には施条(ライフリング)があります。それに弾の帯が食い込み、弾体が回転し、そのジャイロ効果で飛翔が安定しますが、装弾筒という言葉があるのです。装弾筒をサボーといいますが、弾が細すぎるので砲身の口径と同じそれが付いています。ただし、これは砲口を出ると同時に、空気抵抗で3つにばらけるようにしてあります。細い芯だけが飛ぶのです。この砲弾の採用で、61式戦車にあった砲口制退器がなくなりました。

61式と74式の砲口の外観上の違いが、この砲口制退器の有無です。61式の砲口や75式155ミリ自走榴弾砲のそこにも着いています。これは砲の射撃時の反動を軽減する役割を荷っていました。発射薬の燃焼ガスが激しく噴出します。それを砲口制退器にぶつけることで、砲身に前進する力が加わり、砲身が後退する力を減らします。また、爆風偏向器ともいい、発射ガスを横にそらし、周辺の土埃(つちほこり)が巻き上がるのを防ぐ機能があります。

ところが、これがあるとサボーと干渉してしまう、そこでAPDSFSを撃つ砲には砲口制退器がありません。では、最新の16式機動戦闘車はどうかというと、砲身先端部に砲口制退用の穴が開けられています。

市川文一元武器学校長の名著『不思議で面白い陸戦兵器』(並木書房・2019年)にはこの砲弾について優れた喩えが使われていました。「串に刺したフランクフルトソーセージ」だというのです。この串の部分が弾で、ソーセージがサボーだといいます。

▼徹甲弾の貫徹力

 徹甲弾とは、装甲を射貫、貫徹するためのものです。そのためには、まず硬いこと、次に重いこと、先端の面積が小さいこと、弾速が高いことが要求されます。軟らかい弾では食い込む前に自分が割れてしまう。重く、先端面積が小さいというと釘のような形状が最もふさわしい。同じ重さなら質量が大きい物質が最適です。タングステンや劣化ウランなどはその条件にぴったりでしょう。もっとも劣化ウランは安全性を考えると使用を慎重にせざるを得ません。

 弾速を高くするにはどういう方法が考えられるでしょうか。高性能の装薬(発射薬)を開発し、その燃焼によって生じるガスを弾底に十分に当てる必要があります。そうなると大きな口径を要求され、砲そのものが大型化、堅牢化してしまいます。それを避ける、そこにサボー(装弾筒)が生まれた理由がありました。

 ところが旋転しないと弾は安定して飛びません。そこで細長い弾の後ろに翼を付けることにしました。市川さんの言葉を借りれば「ダーツの矢」です。この矢は装甲に命中すると、自分も熔けながら中に突き進みます。

▼成形炸薬弾(HEAT)

 この弾種は第2次世界大戦頃から実用化された「モンロー効果」を生かしたものです。成形という言葉の通り、炸薬に円錐状の窪みを作ります。その後方から点火すると、爆発の衝撃が一点に集中して強い穿孔力(せんこうりょく)が生まれます(モンロー効果)。この円錐状の窪みに金属を貼り付けると、これがメタルジェットとなって前方に噴出して穿孔力がさらに高まりました(ノイマン効果)。このメタルジェットは大変高速で毎秒7~8キロメートルです。

 さらに金属表面に、この弾が命中すると衝撃波が生まれます。これが裏面の金属を剥離(はくり)させて飛び散らせる結果をもたらします。このことをホプキンソン効果といいますが、裏面が剥離するために金属の厚さの影響を受けにくくなっています。

▼粘着榴弾(HEP)

榴弾(りゅうだん)という言葉も歴史は古く、もともとは柘榴(ざくろ)のように割れる、中には種子が見られるように炸薬を詰めた砲弾を言います。この粘着榴弾は、その名前が示すように弾頭は薄く軟らかくできていて、装甲表面にへばりつくように密着します。ただし、目標に貼りつく粘着性があるわけではないと市川氏は注意しています。密着した炸薬が起爆すると、その衝撃波が伝わってホプキンソン効果を発揮し、装甲の裏側(つまり乗員室など)を剥離飛散させます。

▼油気圧式懸架(けんが)装置

 懸架装置とはサスペンションのことです。60年代までは、世界でもほとんどの戦車がトーションバー方式を採っていました。細長い金属棒の先端を固定しておいて、反対側の先端に力を加えると反発します。それをスプリングの代わりに使いました。第2次世界大戦で戦ったドイツのタイガー戦車などが使ったことは有名です。アメリカのM4戦車などは大きなスプリングを使っていました。

70年代に入ると油気圧式のサスペンションが採用されるようになりました。スプリングの代わりにはガスの弾力性を使い、ショックアブソーバーの役割はガス(気)と一緒に封入されたオイル(油)が果たします。

 油圧ポンプを使ってオイルの圧力を変えられガス圧も変えられるので、路面の凹凸の衝撃の吸収力に優れています。この機能を使うと、車高を上下したり、左右に傾けたりすることができました。これを姿勢制御といいますが、わが74式が注目されたのは、その優れた性能と砲安定装置の高性能でした。

 広い平原や見通しの良い地形で戦う欧州向けの戦車と異なります。わが陸自の戦車は狭く、急峻な山坂や起伏の大きい地形もある日本内地で戦います。姿勢制御は後方を持ち上げれば砲は普通より俯角(下向き角度)を大きくでき、前方を高くすれば砲の仰角も大きくできるのです。また、左右姿勢も制御すれば、斜めの地形からも水平にあるような射撃が可能になります。

 よく防護力がとか、速力がとか、その他もろもろの話からどこの戦車が強いとか、陸自の戦車は弱いとか語る人もいますが、兵器は想定された戦場で、様々な条件を克服して兵士たちが命をかけて使う物です。大東亜戦前に作られた映画ですが、2人の海軍士官が話していました。「あれも欲しいし、こうも使える兵器があったらいいな」という1人に相手が答えます。「いつの時代でも同じさ。いいものは、欲しい物はいっぱいある。でも、俺たちはいま持たされている物で最善をつくさねばならないんだ」(つづく)

 今年も1年間お付き合いありがとうございました。

 年初は8日より再開する予定です。

皆様どうぞ良いお年をお迎えください。

(つづく)

荒木  肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同大学院修士課程修了。専攻は日本近代教育史。日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を行なう。横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝状を受ける。年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、講話を行なっている。自衛隊家族会副会長。著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして軍隊をつくったのか-安全保障と技術の近代史』(出窓社)、『現代(いま)がわかる-学習版現代用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日本陸軍と自衛隊』『東日本大震災と自衛隊—自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気と軍隊─陸海軍医団の対立』『日本軍はこんな兵器で戦った』『自衛隊警務隊逮捕術』(並木書房)がある。