陸軍工兵から施設科へ(24) 広軌と狭軌の話

荒木肇さんの最新刊

自衛隊警務隊逮捕術

…警務隊長は語る。「我々警務官は平素の暮らしの中で規律違反や、犯罪への対応をしているが、今やその平素が有事に近い。…相手にする犯罪者、犯行形態は多様である。そうした事態に立ち向かえる意欲と能力を持った人材がこれからますます必要になる」〈本文より〉







サイト内検索は、こちらからどうぞ




お問い合わせは、こちらからどうぞ

↓↓↓↓

はじめに

 

 ウクライナ情勢はますます混迷を深めてきました。そういう中で、わが国の核兵器の米軍との共有や、防弾チョッキ、鉄帽、迷彩用のバラキューダなどの物資送付が話題になっています。これらについての反応がまた興味深いものがありました。

 

 わが国は「非核三原則」を国是としているということから、某野党の党首は「そういうことを考えるだけでいけないことだ」と言っています。やはり、彼らの根源にあるのは思想統制であり、優れた者だけがリーダーになれるという思い込みです。そういう人たちが生まれることは驚くことではありませんが、権力をもたせることだけは止めるべきだと思います。

 

 共産党も某政調会長の女性が、いったん認めたものの、すぐに党内で異論が出たためか「軍需品の供与は紛争当事国への武器供与にあたる」とたちまち意見を変えました。これもかの政党の思想統制の厳しさというか、彼ら彼女らの屁理屈でもなんでも主張を通すといった体質がうかがわれます。

 

 何を考えるのも自由、議論をするのが大切という民主主義、自由主義の根本原則を認めない人々、その存在は決して珍しいわけではありません。両方の政党の支持者も10人に1人はいると考えると恐ろしくもなります。

 

 

ゲージの起こり

 

 お若い読者もおられることと思い、工兵の軽便鉄道や鉄道兵の歴史ばかりではなく、鉄道そのもののお話をします。国際標準軌という見方がありました。エンジン(機関車)が貨車や客車を引っ張る営業用鉄道の最初は英国のスチブンソンが始めたといわれます。その線路の幅が、1435ミリ(4フィート8インチ1/2)だったということです。

 

1フィートは12インチですから8インチはちょうど2/3になるのでキリがいいのですが、1/2インチが半端です。これにはいろいろな説があるようですが、カーブの時にゆとりがあるように少し広げたという説が有力だといわれています。

 

 

 この標準軌以外の各国の主なゲージは次の通りです。マレーやビルマ、タイなどはメーターゲージといわれる1000ミリメートル(約3フィート3インチ)、ロシアやフィンランドの1524ミリメートル(5フィート)、1600ミリメートル(5フィート3インチ)はオーストラリア、スペイン・ポルトガル・インドや南米の一部に見られる1676ミリメートル(5フィート6インチ)などがあります。

 

 もちろん、わが国の1067ミリメートル(3フィート6インチ)が珍しいかというとそうではありません。フィリッピンやインドネシア、ニュージーランド、ノルウェー、南米諸国、アフリカの各地、インドやオーストラリアの一部などにもあります。

 

 

狭軌は準山岳鉄道だった

 

 

 このように狭軌(標準軌よりも狭い)を採用した国は、みな山が多い地形なのです。広軌の国々はたいていが平原の広がる地域でした。山岳鉄道という言葉もありますが、急な勾配を越え、長大なトンネルを通り、多くの大小の川に橋を架ける準山岳鉄道といっていいかと思います。

 

 

 鉄道技術史に詳しい友人によると、標準軌ではカーブするときには最低300メートルの曲線半径を必要とするそうです。ところが、狭軌では最高でも時速40キロメートルなら半径は100メートルでよいと教えてくれました。

 

 ところで世界最大の狭軌路線をもつのは南アフリカ共和国だそうです。もともとアフリカ大陸を南北に貫いてエジプトから南アフリカまで鉄道を造ろうとしたのは一大植民地帝国だった英国だったようです。本来なら、輸送力といい、北アフリカの沿岸国に合わせた標準軌が望ましかったのですが、問題は南アフリカにありました。

 

 海岸から標高1000メートルないし1500メートルにも達する台地が切り立っていたのです。これを鉄道が登り切るには、どうしても小さなカーブを連続させなければなりません。そこでやむなく、3フィート6インチ(1067ミリ)を採用することになりました。英国では今でも「ケープ・ゲージ」と呼ぶ人もいるそうです。ケープタウンのケープでもありましょうか。

 

 

 機関車マニアの方にはよく知られているでしょうが、南アフリカ共和国の鉄道はガーラット型といわれる機関車が多かったところです。2台分の機関車の走行装置、つまりシリンダー、フレーム、動輪やロッドの部分を1つの大きなボイラーの前後にボギー台車のように取りつけたものでした。長所は急カーブに強いことで、車輌重量も分散できて、細い、軽いレールの上でも強い牽引力が出せます。わが国ではこれは発達しませんでした。

 

 

鉄道の発展は軍用優先から

 

 わが国の鉄道の発展期はというと、いろんな意見が出るでしょう。そのいずれも十分に説得力がありますが、わたしは明治20年代後半、日清戦争(1894・明治27年)の頃だろうと思います。それはそれまでに、幹線が全国の各師団や歩兵聯隊の所在地を通るものになったということからです。

 

 1890年代以降、軍隊は大陸を戦場にするという大方針を立てました。外征軍の出発地は広島県の宇品(うじな)になります。各地の聯隊から宇品までどれほどの時間で移動できるかが最大の課題になりました。日露戦争(1904・明治37)年頃には、第1師団(東京)の部隊は50時間で、青森県の弘前第8師団は94時間かけて宇品に着きます。

 

もちろん、東海道線・山陽線を使ってのことです。途中には難所がいくつもありました。中でも「天下の険」と歌われた箱根連山をどう越えるかが課題でした。丹那トンネル(熱海から三島)は昭和9(1934)年の開通ですから、明治・大正・昭和の初めまでは東海道線は今の横浜・小田原・三島とは違っていました。

 

 

神奈川県の国府津(こうづ)から汽車は北に進路を変えて松田に向かいます。松田から山北を抜け、急勾配を機関車は喘ぎながら登り御殿場へ抜けました。これが今はローカル線になった御殿場線(国府津と沼津を結ぶ)です。わたしが子どもの頃には、国府津には大きな扇形機関庫があって、大型機関車D52が並んでいました。また、今はすっかり寂れた山北駅にも大きな機関庫があったものです。

 

 

京都と大津を結ぶ

 

 新橋(当時の東京駅)から横浜(現在は桜木町)までの鉄道開通は明治5(1872)年のことでした。政府は主要幹線をすべて官営にすると方針をもっていました。鉄道の建設はなんといっても殖産興業、中央集権にもっとも有効だと認識されていたからです。東西両京を結ぶ路線は何より重要とされていました。しかし、問題は財源がないことでした。

 

 

 明治維新の総仕上げともいえる西南戦争(1877年)が終わりました。翌年4月、内務卿大久保利通の建議で起業公債を財源として、京都−滋賀県大津、滋賀県米原−福井県敦賀の間の建設費と東京−群馬県高崎間の建設費を調達することにします。

 

 京都と大津の間の線路は1878(明治11)年8月に始まりました。その距離は英国風に11マイル26チェイン(約18.2キロメートル)です。翌々年の7月15日には営業運転を始めました。

 

 さて、その経路ですが、いまの東海道本線とはまったく違います。京都から南に、現在の奈良線を通って稲荷(いなり・現京都府伏見区)の先で北東に向かい大津に抜けました。当時の大津停車場は、現在の浜大津駅になりました。現在の大津駅より琵琶湖畔に近いところにあります。逢坂山(おうさかやま)隧道(ずいどう)は日本人による初めての手彫掘りトンネルとして有名です。

 

 

 次回は、陸軍が要求した中山道コースについて調べましょう。

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

(あらき・はじめ)

 

 

 

 

(令和四年(2022年)3月9日配信)

 



著者略歴

荒木 肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同大学院修士課程修了。 専攻は日本近代教育史。日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を行なう。横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝状を受ける。 年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、講話を行なっている。

著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして軍隊をつくったのか─安全保障と技術の近代史』(出窓社)、『現代(いま)がわかる−学習版現代用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古い!─昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震災と自衛隊─自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気と軍隊『日本軍はこんな兵器で戦った−国産小火器の開発と用兵思想』『自衛隊警務隊逮捕術』((並木書房)がある。







サイト内検索は、こちらからどうぞ




 

↓メルマガ「軍事情報」へのご登録はこちらからどうぞ↓
メルマガ購読・解除
 



お問い合わせは、こちらからどうぞ

↓↓↓↓

関連ページ

陸軍工兵から施設科へ(1) 工兵の仕事は「建設と破壊」
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(1) 工兵の仕事は「建設と破壊」」―(2020年(令和二年)10月14日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(2) 明治の初めはフランス式工兵
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(2) 明治の初めはフランス式工兵」―(2020年(令和二年)10月21日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(3) 陸軍士官学校に工兵科
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(3) 陸軍士官学校に工兵科―(2020年(令和二年)10月28日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(4) 市ヶ谷台に士官学校が生まれる
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(4) 市ヶ谷台に士官学校が生まれる―(2020年(令和二年)11月4日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(5) 士官生徒の時代
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(5) 士官生徒の時代―(2020年(令和二年)11月11日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(6) 歩兵の中の鍬兵(しゅうへい)のこと
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(6) 歩兵の中の鍬兵(しゅうへい)のこと―(2020年(令和二年)11月18日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(7) 師団の中に工兵大隊がおかれる
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(7) 師団の中に工兵大隊がおかれる―(2020年(令和二年)11月25日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(8) 若者はどうやって工兵になったか?
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(8) 若者はどうやって工兵になったか?―(2020年(令和二年)12月2日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(9) 徴兵制度(2)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(9) 徴兵制度(2)―(2020年(令和二年)12月9日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(10) 徴兵制度(3)徴兵年限
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(10) 徴兵制度(3) 徴兵年限―(2020年(令和二年)12月16日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(11) 日露戦争の工兵の戦い(1)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(11) 日露戦争の工兵の戦い(1)―(2020年(令和二年)12月23日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(12) 日露戦争の工兵の戦い(2)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(12) 日露戦争の工兵の戦い(2)―(2021年(令和三年)1月6日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(13) 旅順要塞の激闘(1)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(13) 旅順要塞の激闘(1)―(2021年(令和三年)1月13日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(14) 旅順要塞の激闘(2)第1回総攻撃
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(14) 旅順要塞の激闘(2)第1回総攻撃―(2021年(令和三年)1月20日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(15) 旅順要塞への第1回総攻撃の結果
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(15) 旅順要塞への第1回総攻撃の結果―(2021年(令和三年)1月27日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像―(2021年(令和三年)2月3日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(2)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(2)―昭和33年防衛庁記録―(2021年(令和三年)2月10日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(3)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(2)―昭和35(1960)年防衛庁記録―(2021年(令和三年)2月17日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(4) 防衛2法と第2次防衛計画―昭和36(1961)年防衛庁記録―
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(4) 防衛2法と第2次防衛計画―昭和36(1961)年防衛庁記録―(2021年(令和三年)2月17日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(5) 3次防の時代(1)―昭和42年映像―
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(5) 3次防の時代(1)―昭和42年映像―(2021年(令和三年)3月3日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(6) 3次防の時代−(2)空中機動力の時代
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(6) 3次防の時代−(2)空中機動力の時代―(2021年(令和三年)3月10日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(7) 3次防の終了−(3)反自衛隊の動き ─昭和46年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(7) 3次防の終了−(3)反自衛隊の動き ─昭和46年映像―(2021年(令和三年)3月17日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(8) 4次防の始まり─昭和48年─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(8) 4次防の始まり─昭和48年─(2021年(令和三年)3月24日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(9) ソ連の脅威─昭和51年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(9) ソ連の脅威─昭和51年映像─(2021年(令和三年)3月31日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(10) 基盤的防衛力育成の時代─昭和52年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(10) 基盤的防衛力育成の時代─昭和52年映像─(2021年(令和三年)4月7日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(11) 防衛論議高まる ─昭和53年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(11) 防衛論議高まる ─昭和53年映像─(2021年(令和三年)4月14日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(12) 和と国家の独立の確保 ─昭和55年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(12) 防衛論議高まる ─昭和53年映像─(2021年(令和三年)4月21日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(13) 極東ソ連軍の脅威─昭和56年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(13)極東ソ連軍の脅威─昭和56年映像─(2021年(令和三年)4月28日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(14) 56中業(中期業務計画)の進展 ─昭和57・58年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(14)56中業(中期業務計画)の進展 ─昭和57・58年映像─(2021年(令和三年)5月12日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(15) 番外篇「特別掃海艇隊の記録」(1)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(15) 番外篇「特別掃海艇隊の記録」(1)(2021年(令和三年)5月19日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(16) 番外篇「特別掃海艇隊の記録」(2)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(16) 番外篇「特別掃海艇隊の記録」(2)(2021年(令和三年)5月26日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(17)自衛隊30年の歩み
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(17) 自衛隊30年の歩み ─昭和59年映像─ (2021年(令和三年)6月2日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(18) ソ連戦車を撃ち止めろ!対戦車誘導弾「重MAT」
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(18) ソ連戦車を撃ち止めろ!対戦車誘導弾「重MAT」 (2021年(令和三年)6月9日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(18) ソ連戦車を撃ち止めろ!対戦車誘導弾「重MAT」(コピー)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(18) ソ連戦車を撃ち止めろ!対戦車誘導弾「重MAT」 (2021年(令和三年)6月9日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(19) 防衛医科大学校と防衛大学校
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(19) 防衛医科大学校と防衛大学校─昭和62年映像─ (2021年(令和三年)6月16日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(20) 冷戦崩壊間近の防衛計画─昭和63年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(20) 冷戦崩壊間近の防衛計画─昭和63年映像─ (2021年(令和三年)6月23日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(21) エア・ランド・バトルの計画─平成元年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(21) エア・ランド・バトルの計画─平成元年映像─ (2021年(令和三年)6月30日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(22) ソ連の脅威の削除とイラク軍のクウェート侵攻─平成2年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(22) ソ連の脅威の削除とイラク軍のクウェート侵攻─平成2年映像─ (2021年(令和三年)7月7日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(23) 湾岸戦争の衝撃─平成3年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(23) 湾岸戦争の衝撃─平成3年映像─ (2021年(令和三年)7月14日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(24) カンボディアへ施設大隊の派遣─平成4年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(24) カンボディアへ施設大隊の派遣─平成4年映像─ (2021年(令和三年)7月21日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(25) 海外派遣ますますの進展─平成5年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(25) 海外派遣ますますの進展─平成5年映像─ (2021年(令和三年)7月28日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(26) ルワンダ派遣と阪神・淡路大震災(1)─平成6年映像─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(26) ルワンダ派遣と阪神・淡路大震災(1)─平成6年映像─ (2021年(令和三年)8月4日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(27) ルワンダ派遣と機関銃 ─平成6年映像(2)─
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(27) ルワンダ派遣と機関銃 ─平成6年映像(2)─ (2021年(令和三年)8月4日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(28) 新防衛計画―平成の大軍縮(1)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(28) 新防衛計画―平成の大軍縮(1) (2021年(令和三年)8月18日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(29) 新防衛計画―平成の大軍縮・海上自衛隊(2)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(29) 新防衛計画―平成の大軍縮・海上自衛隊(2) (2021年(令和三年)8月25日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(30) 新防衛計画―海上自衛隊の地方隊ほか(3)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(30) 新防衛計画―海上自衛隊の地方隊ほか(3) (2021年(令和三年)9月1日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(31) 新防衛計画―航空自衛隊の組織と編成(4)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(31) 新防衛計画―航空自衛隊の組織と編成(4) (2021年(令和三年)9月8日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(32) 新防衛計画―航空自衛隊の教育集団ほか(5)
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(32) 新防衛計画―航空自衛隊の教育集団ほか(5) (2021年(令和三年)9月15日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(33) 中期防衛力整備計画と海外活動へ 1996(平成8)年の映像紹介
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(33)  中期防衛力整備計画と海外活動へ 1996(平成8)年の映像紹介 (2021年(令和三年)9月22日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(34) 周辺事態法とガイドライン  1997(平成9)年の映像紹介
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(34)  周辺事態法とガイドライン  1997(平成9)年の映像紹介 (2021年(令和三年)9月29日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(35) 日米同盟の堅持  1998(平成10)年の映像紹介
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(35)  日米同盟の堅持  1998(平成10)年の映像紹介 (2021年(令和三年)10月6日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(36) ついに不審船事案──海上警備行動発令  1999(平成11)年の映像紹介
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(36)  ついに不審船事案──海上警備行動発令  1999(平成11)年の映像紹介 (2021年(令和三年)10月13日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(37) 周辺事態や日米協力とはいうものの 2000(平成12)年の映像紹介
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(37)  周辺事態や日米協力とはいうものの 2000(平成12)年の映像紹介  (2021年(令和三年)10月20日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(38) 9.11同時テロの年 2001(平成13)年の映像紹介
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(38)  9.11同時テロの年 2001(平成13)年の映像紹介  (2021年(令和三年)10月27日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(39) ついに統合運用の時代に 2002(平成14)年の映像紹介
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(39)  ついに統合運用の時代に 2002(平成14)年の映像紹介  (2021年(令和三年)11月3日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(40) BMD防衛の構想の始まり 2003(平成15)年の映像紹介
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(40) BMD防衛の構想の始まり 2003(平成15)年の映像紹介 (2021年(令和三年)11月10日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(41) イラク復興支援・中期防衛力整備計画
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(41) イラク復興支援・中期防衛力整備計画  2004(平成16)年の映像紹介 (2021年(令和三年)11月17日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(42) いささかだれ気味(?)の広報動画  2005(平成17)年の映像紹介
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(42) いささかだれ気味(?)の広報動画  2005(平成17)年の映像紹介 (2021年(令和三年)11月24日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(43) 米軍再編と北の核実験 2006(平成18)年の映像紹介
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介 防衛省の秘蔵映像(43) 米軍再編と北の核実験 2006(平成18)年の映像紹介 (2021年(令和三年)12月1日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(44) ヒトロク(16)大綱の時代
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介防衛省の秘蔵映像(44)  ヒトロク(16)大綱の時代 2007(平成19)年の映像紹介  (2021年(令和三年)12月8日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(45) 「真の信頼を得るために」 2008(平成20)年の映像紹介
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介防衛省の秘蔵映像(45)  「真の信頼を得るために」 2008(平成20)年の映像紹介  (2021年(令和三年)12月15日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(46) 「動的防衛力」の提唱 2009(平成21)年の映像紹介
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介防衛省の秘蔵映像(46) 「動的防衛力」の提唱 2009(平成21)年の映像紹介  (2021年(令和三年)12月22日配信)です。
特別紹介 防衛省の秘蔵映像(47) 防衛省秘蔵映像から見えること 2009(平成21)年の映像紹介
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「特別紹介防衛省の秘蔵映像(47) 防衛省秘蔵映像から見えること 2009(平成21)年の映像紹介 (2021年(令和三年)12月29日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(16) 交通兵旅団の誕生──気球隊から航空隊へ
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(16) 交通兵旅団の誕生──気球隊から航空隊へ (令和四年(2022年)1月12日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(17) 気球から航空機へ
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(17) 気球から航空機へ (令和四年(2022年)1月19日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(18) 臨時軍用気球研究会の発足
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(18) 臨時軍用気球研究会の発足 (令和四年(2022年)1月26日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(19) 代々木で空に浮かぶ前に
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(19) 代々木で空に浮かぶ前に (令和四年(2022年)2月2日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(20) 陸軍の気球の発展
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(20) 陸軍の気球の発展 (令和四年(2022年)2月9日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(21) 自由気球の話
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(21) 自由気球の話 (令和四年(2022年)2月16日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(22) 初めての着陸
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(22) 初めての着陸 (令和四年(2022年)2月23日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(23) 敵の鉄道打ち壊し
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(23) 敵の鉄道打ち壊し (令和四年(2022年)3月2日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(25) 鉄道網の進展
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(25) 鉄道網の進展 (令和四年(2022年)3月16日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(26) 東海道線優先へ
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(26) 東海道線優先へ (令和四年(2022年)3月23日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(27) 日清戦争へ備えて
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(27) 日清戦争へ備えて (令和四年(2022年)3月30日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(28) 日露戦争へ
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(28) 日露戦争へ (令和四年(2022年)4月6日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(29) 山陽鉄道の全通
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(29) 山陽鉄道の全通 (令和四年(2022年)4月13日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(30) 超特急「つばめ」
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(30) 超特急「つばめ」 (令和四年(2022年)4月20日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(31) 蒸気機関車で全行程を
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(31) 蒸気機関車で全行程を (令和四年(2022年)4月27日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(32) 走れ超特急!
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(32) 走れ超特急! (令和四年(2022年)5月11日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(33) 昭和初めの減俸事件
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(33) 昭和初めの減俸事件 (令和四年(2022年)5月18日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(34) 昭和初めの日々
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(34)  昭和初めの日々 (令和四年(2022年)5月25日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(35) 丹那トンネルの建設
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(35) 丹那トンネルの建設 (令和四年(2022年)6月1日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(36) 丹那トンネル掘削の難航
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(36) 丹那トンネル掘削の難航 (令和四年(2022年)6月8日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(37) トンネル崩落
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(37) トンネル崩落 (令和四年(2022年)6月15日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(38) 難航する救助坑の掘削
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(38) 難航する救助坑の掘削 (令和四年(2022年)6月22日配信)です。
陸軍工兵から施設科へ(39) 生存者救助と工事続行
「日本陸軍の兵站戦のバックナンバー 「陸軍工兵から施設科へ(39) 生存者救助と工事続行 (令和四年(2022年)6月29日配信)です。