特別紹介 防衛省の秘蔵映像(38) 9.11同時テロの年 2001(平成13)年の映像紹介

荒木肇さんの最新刊

自衛隊警務隊逮捕術

…警務隊長は語る。「我々警務官は平素の暮らしの中で規律違反や、犯罪への対応をしているが、今やその平素が有事に近い。…相手にする犯罪者、犯行形態は多様である。そうした事態に立ち向かえる意欲と能力を持った人材がこれからますます必要になる」〈本文より〉







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2001(平成13)年の映像紹介 
平成13年防衛庁記録 - YouTube

 

 

はじめに

 

 

 21世紀は「国際同時テロ」で幕を開けました。どなたも、あのハイジャックされた民間航空機がビルに衝突する映像をご覧になったことでしょう。アメリカ政府は、ただちにこれを戦争と受け止めると宣言し、世界中の列国が自分たちの立場を明らかにせざるを得なくなりました。アルカイダとか、タリバンというような言葉がマスコミにも頻繁に流れ、多くの日本人が防衛や安全にも心を配るようになりました。

 

 わが国の周辺でも事件が起こります。九州南西海域で「不審船」が発見されました。このとき、不審船は追跡し、停止を命じる海上保安庁の巡視船に至近距離から発砲します。保安官は撃たれて初めて「正当防衛」のために反撃し、幸運なことに負傷者2名を出しながら不審船を撃沈しました。

 

 

 悲しい事件もありました。ハワイの近海で米原子力潜水艦が浮上したところ、海上の漁業実習船「えひめ丸」に衝突し、乗員35名中9名の方々が行方不明になりました。この調査や船体の捜索などには、海自の潜水艦救難艦「ちはや」とダイバーたちが加わります。

 

 

 このほか、この年の映像構成には大きな変化がありました。7つのテーマに分けて、それぞれがオムニバス形式で閲覧できます。

 

 そのテーマは次の通りです。(1)米国同時多発テロへの対応、(2)えひめ丸事件、(3)国際平和協力活動と法整備、(4)海上警備行動の組織、装備、法整備、(5)組織の改編、(6)安全の確保と規律維持、(7)その他、になっています。

 

 

インド洋に出発する海自

 

 わが国の小泉政権は直ちにアメリカを支持することを表明します。このときの防衛庁長官は中谷元氏、外務大臣は田中真紀子氏でした。若々しいお二人の姿が映ります。まず情報収集に護衛艦「くらま」と「きりさめ」、補給艦「はまな」が先発しました。その後、掃海母艦「うらが」と護衛艦「さわぎり」、補給艦「とわだ」がアメリカ海軍への給油活動のために正規に派遣されました。

 

 また、アメリカ軍の空爆のために避難民が発生し、その支援のための物資輸送にも海上自衛隊が行動します。

 

海上警備行動と新しいミサイル艇

 

 海上自衛隊の艦艇は、基準排水量1000トンを境にして区分されます。以上は「艦」、未満は「艇」となっています。昭和の時代には駆潜艇という小型のフネがありました。魚雷艇もあった時代もあります。時代の趨勢で小型の駆潜艇は引退し、沿岸用の高速を必要とするミサイル艇もありました。

 

 

 ミサイル艇は平成2(1990)年度に登場します。記号は「PG」すなわち、パトロール・ガンボートです。それまでは魚雷艇や砲艇などが担ってきた沿岸哨戒任務を、対艦ミサイルをもつ(これを水上打撃力といいます)高速の小型艇が担当することになりました。

 

 

海上自衛隊も水中翼をもち、水中でプロペラを回すのではなく、ウォーター・ジェットを噴射して時速46ノット(約85キロメートル)を発揮するミサイル艇を開発します。排水量は50トン、兵装は20ミリ多連装機銃を1基もちました。北海道余市に3隻で艇隊を編成します。

 

 ところが、高速発揮に有利な水中翼にも弱点があります。整備・保守の難しさと、なんといっても荒天下の日本海の行動はなかなか難しく、改良が図られました。それが映像にも登場する「はやぶさ」型です。平成11、12、13年度計画で2隻ずつ建造し、合わせて6隻が14年から16年にかけて就役します。

 

 映像にも登場しますが、基準排水量は200トン、武装はもちろん対艦ミサイルですが、砲が76ミリ単装速射砲に強化されています。計画中の11(1999)年に発生した能登半島沖のスパイ船が領海侵犯した事件を参考にして対処能力が付けられたのです。赤外線暗視装置や12.7ミリ機銃、対ミサイル防御用のチャフなどを装備しました。

 

 

 また、不審船に停止をさせたのちに臨検する特別警備隊員が使う6.3メートル複合型作業艇の搭載、艦橋等の上部構造物の一部に防弾板の装着などがありました。また、船体のステルス性(相手レーダーに映りにくくなる性能)に考慮し、デザインが独特です。主砲塔の形も工夫され、砲は護衛艦に搭載するオットー・ブレダ社製の62口径の長砲身ですが、そのシールド(覆い)は十分にステルス性を高めたものでした。

 

空自、F−2戦闘機による改編

 

 航空自衛隊の新顔は、新しい支援戦闘機F−2の就役です。老朽化したF−1戦闘機の後継機として、当初は純国産で計画されますが、結局、日米共同開発という形式に落ち着きました。

 

 映像には3月に、三沢基地の第3航空団第3飛行隊の改編の様子が映ります。日米共同開発の主旨の通り、機体はアメリカ空軍のF−16C(ロッキード・マーチン社製)をベースにしました。外見上の違いがあって、胴体の延長や主翼面積の増加などです。キャノピー(操縦席を防護する透明風防)の分割は前・中・後の3分割がF−16とは異なっています。これは、緊急脱出時にはパイロットを風圧から守る能力が高く、生還率を高めるといわれています。

 

 支援戦闘機として対艦ミサイルを4発搭載できることが必須です。対空兵装にもスパロー・ミサイルを4発、赤外線ホーミング・ミサイルも4発、500ポンド爆弾やクラスター爆弾などを積むことができます。これが主翼面積が格闘戦を重視したF−16より主翼面積が25%も増えた理由です。

 

 

第12師団は空中機動旅団に

 

 第12師団(司令部は群馬県榛東村・相馬原駐屯地)は隷下に3個普通科連隊を基幹とする「乙」師団でした。その定員は7000名、それが戦車大隊などを廃止し、ヘリコプター隊を新編して空中機動力を特徴とした旅団になりました。第13年度からの5年間の中期防衛力整備計画の第1弾でした。

 

 旅団司令部があり、ヘリコプター隊が展開する相馬原(そうまがはら)は、ほぼ日本の中央に位置します。その飛行場の管制塔からは関東平野が一望にでき、晴天なら遠く千葉の木更津駐屯地(第1ヘリコプター団)も見ることができます。西に飛べば日本アルプスを見て長野県に、北には新潟県に一飛びです。

 

 普通科連隊は小粒ながら(すなわち人員的には軽歩兵連隊)、下越新発田(しばた)の第30連隊、上越高田第2連隊、信州松本第13連隊の3個があります。ほかに旅団特科隊、同施設隊などなど。いずれも、ヘリボーン(ヘリコプターによる移動)訓練を受けた精鋭ぞろいです。

 

 空挺部隊をエアボーンといいます。落下傘を用いて機動・運用されるのがエアボーン、空挺部隊です。もともと諸説ありますが、「空輸挺進」部隊を空挺といいました。「挺身」すなわち「身を挺する」とは異なります。空挺部隊は基本的に歩兵部隊であり、協力する特科(砲兵)、施設(工兵)なども編制内にありますが、要はヘリコプターや輸送機で移動する部隊です。戦場に到着すると、空挺部隊は地上に降下してから中隊以上のまとまった戦力として攻撃、防御など歩兵と同じ戦闘行動をとります。

 

 第12旅団のような空中機動旅団は、空中機動にはヘリコプターしか使いません。落下傘降下はしないのです。その代わり、日本のどこにでもヘリによる移動ができる。飛行隊のパイロットたちといつも意思を伝え合い、訓練に励み、国民のいつもそばにいる部隊と言っていいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

(あらき・はじめ)

 

 

 

 

(令和三年(2021年)10月27日配信)

 



著者略歴

荒木 肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同大学院修士課程修了。 専攻は日本近代教育史。日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を行なう。横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝状を受ける。 年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、講話を行なっている。

著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして軍隊をつくったのか─安全保障と技術の近代史』(出窓社)、『現代(いま)がわかる−学習版現代用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古い!─昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震災と自衛隊─自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気と軍隊『日本軍はこんな兵器で戦った−国産小火器の開発と用兵思想』『自衛隊警務隊逮捕術』((並木書房)がある。







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