特別紹介 防衛省の秘蔵映像(33) 中期防衛力整備計画と海外活動へ 1996(平成8)年の映像紹介

荒木肇さんの最新刊

自衛隊警務隊逮捕術

…警務隊長は語る。「我々警務官は平素の暮らしの中で規律違反や、犯罪への対応をしているが、今やその平素が有事に近い。…相手にする犯罪者、犯行形態は多様である。そうした事態に立ち向かえる意欲と能力を持った人材がこれからますます必要になる」〈本文より〉







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1996(平成8)年の映像
https://www.youtube.com/watch?v=TnuO7_HjuBY

 

 

はじめに

 

 自由民主党の総裁選挙が近づいてきました。政治・経済にうとい私も関心をもって見守っています。それにしてもオールド・メディアといわれる新聞各社による各候補者への合同質問はひどいものでした。質問は主に岸田・河野の候補者に集中し、外交・防衛については2人の女性には質問すらしないというものです。

 

 まず、意図的な保守岩盤系を支持者とする女性候補者には、その主張を語らせまいという姿勢が透けてきました。もう一人の女性には、「モリ・カケ」問題やら、「観桜会」などの過去の政権に対するスタンスを問うといった様子です。わが国の新聞界を代表する記者たちの露骨な偏向姿勢はネットの世界では非難の大反響でした。

 

 それに気付かず、あるいは軽く見ている新聞記者たちの姿勢は、ほんとうに滅びゆくオールド・メディアを現していると思いました。

 

 さて、今回からいよいよ新しい構想に基づいた防衛計画による「軍縮」について考えてみましょう。

 

冒頭からの中期防解説

 

 まず、国土の美しさを讃える映像が出ます。つづいて、平和な通勤風景が見られ、その陰で実際は国際紛争がこれだけ起きていると警鐘を鳴らしているようです。また、ソ連船ナホトカ号の転覆による環境汚染も指摘されました。

 

 新しい「防衛大綱」の主張は、合理化、効率化、コンパクト化です。なんども言うようですが、これは大ナタを振るった「軍縮」でした。政治の命令で、多くの自衛隊員たちは涙を呑んで身を切りました。まさに戦後「文民統制」、シビリアン・コントロールの発揮だったのです。誰がどう屁理屈をいおうが、陸自は定数18万人から16万人でした。

 

 

 防衛大綱が示す水準に近づけるために、人員、装備などの改編をします。いきなりはできないので、中期防衛力整備計画という5カ年ごとの計画を立てました。この年から始まったのは平成8年度から同12年度の5カ年間の計画です。

 

 陸自は13個師団(各4個と3個の普通科連隊基幹)のうち5個師団を改編し、18万の定数から17万2000に減らすことにしました。また、情報本部を発足させ、中央指揮システムの構築を始めます。とりわけIT(情報技術)革命への対応が言われました。ITは情報処理や戦力の効率的な運用、サイバー攻撃など軍事の世界にも大きな影響を与えています。

 

 

質の向上の具体策・96式装輪装甲車

 

 陸自の装備では、96年に制式化された2つが紹介されます。装甲をもった96式装輪装甲車です。60(ロクマル)、73(ナナサン)と進化した装甲車は、両方とも装軌(クローラー)式でした。不整地の踏破能力もあり、戦場のタクシーとして活躍してきました。

 

 装輪装甲車は陸自初めてのものです。4軸8輪、箱型の車体に10名が乗りこめます。「ありゃ、ウナギイヌともいいます」というのが、ある普通科隊員の言葉です。有名な漫画に出てくる胴長の犬でした。前部の左側はエンジンルームで、右側が操縦席、その後ろに車長席があります。車長席の反対側は小銃班長(8名を指揮する)席です。その後ろの乗員室には向かい合わせに左右各4名分の合計8名分のベンチシートがあります。

 

 乗員室の側面には、四角い小さなガラス窓が2か所、合計4つ。ここから外部を見ることができます。この乗員室の天井には外開き式のハッチがあります。ここから身を乗り出して射撃もできるようになっています。後部には油圧駆動のランプ(斜路)・ドアがあって、乗降に使われます。

 

 

 車長席の上には銃塔があって、96式40ミリ自動擲弾銃、または12.7ミリ重機関銃M2が1挺装備されます。この擲弾銃は対人・対装甲擲弾を毎分250発あまり撃ちだせます。メーカーは銃本体が豊和工業、擲弾はダイキン工業でした。

 

 8輪あるタイヤは全輪駆動です。前の2輪がステアリングします。タイヤは車内から空気圧を調整でき、一般道路では高気圧、悪路や路外では低気圧に変更できます。2000(平成12)年現在までに年間の調達数は年間30輌あまりといわれています。価格は当時で1億3000万円ほどといわれ、まっさきに第2師団第3普通科連隊(名寄)に配当されました。

 

96式多目的誘導弾システム

 

 前にも紹介した79式対舟艇対戦車誘導弾(通称は重マット)の後継です。地対空誘導弾は93式(平成5年)近距離地対空誘導弾(近サム)が採用されています。長い間使われたL90高射機関砲の後継でした。

 

 この新型マットは、FU(ファイヤ・ユニット)として、射撃指揮装置、情報処理装置、地上誘導装置、発射機から成っています。ミサイルは上空から赤外線シーカーで目標を捜索し、赤外線画像を光ファイバーで射撃指揮装置に送ります。射手はテレビ・モニターで画像を見ながら識別し、追尾指示を行ない、ミサイルは目標に突入します。

 

 車輌のベースは高機動車です。射程は約8000メートルといわれます。山の向こうから撃たれると、敵戦車はミサイルの発射光を見たら発煙弾を撃つといった対応ができなくなります。

 

個艦防御に優れた護衛艦

 

 護衛艦「むらさめ(自衛艦としては2代目)」の竣工です。平成8年から14年にかけて9隻が就役します(DD101〜109)。これまでの「あさぎり」・「はつゆき」型汎用護衛艦の後継になります。汎用とは、対水上、対潜水艦、対空能力をバランスよくとった護衛艦をいいました。

 

「あさぎり」型は昭和63(1988)年から平成3(1991)年までに8隻(DD151〜158)が生まれました。基準排水量は3500トン、後期のものは3550トンという堂々たるものでしたが、「むらさめ」型はさらに大型化し、基準排水量は4550トンと1000トンも増えました。

 

「はつゆき」型(DD122〜134)は「八八艦隊」用のヘリ搭載護衛艦として自衛艦隊の中核艦でした。この頃以後には次々と地方隊に移籍されていきます。「はつゆき」型は基準排水量が2950〜3050トンですから、ずいぶん大きくなりました。

 

艦が大きくなればヘリ甲板も広くなり、発着が容易になり、艦内スペースもゆとりができます。乗員の居住区のベッドも2段になったといいます。レストルームもできたし、洗濯物乾燥機も入ったと乗員が話してくれました。乗員も「はつゆき」より40名も少なくなり160名が定員です。

 

強力なのは兵装でした。短SAM(対空)装置とアスロック(対潜ロケット)装置は垂直発射方式(VLS)に変更され、前、中部の甲板にあります。アスロックは76ミリ砲の後ろの甲板下にあり、モジュール化されて弾庫といっしょにあるため、次発装?の必要性がなく即応性が向上しました。シースパロー短SAM発射機は後部煙突とヘリ格納庫の間にあり、複数の航空目標に対応できます。

 

 

対艦ミサイル(SSM)は4連装発射機2基が煙突前にあり、国産艦対艦ミサイルが搭載されました。

 

潜水艦「おやしお」

 

 潜水艦「おやしお(2代目)」は基準排水量2750トン、魚雷発射管6門(ハープーン艦対艦ミサイル発射兼用)をもつ新型艦で12年度までの中期防で8隻の建造が決まりました。海自は昭和42(1967)年度計画の「うずしお(初代)」以来、「ゆうしお」型、「はるしお」型と24隻に及ぶ「涙滴型(ティア・ドロップ・ハル)」潜水艦を装備してきました。これは世界でも当時、米海軍を除いて世界第2位の配備数でした。

 

 

 なんと「おやしお」はこの艦型に別れを告げて、葉巻型ともいうべき姿になりました。ただし、潜舵を艦橋部に備えるといったセイル・プレーンといった形式は変えません。水中の索敵能力の向上を図って、船体下部の両側にフランク・アレイ・ソーナーを装備します。これで艦首のバウ・ソナー、艦尾の曳航式ソナー(TASS)を組み合わせ、全周の測敵能力が向上しました。

 

 反対の被探知性も強化し、音波吸収材(無反響タイル)を船体全体に装着します。安全潜航深度も高まったようです。葉巻型のおかげで、これまで船体の中央部左右に3門ずつあった発射管を艦首先端部に6門集中装備しました。艦橋の姿も先端部に傾斜をかけた台形のようにし、ステルス(隠密)性を上げています。

 

 基準排水量2750トンは海自潜水艦建造史上、最大のものです。核動力以外の世界の潜水艦でも最大級の大きさでした。

 

ゴラン高原派遣輸送隊

 

 中東シリアとイスラエルの兵力引き離し監視隊が国際連合の指揮下にありました。そこへ国際貢献の一環として陸上自衛隊の輸送隊が出かけることになります。議論はまたまたありました。戦闘部隊ではなく、あくまでも国連軍の監視隊への物資補給が任務であるという答弁が、当時の野党議員やマスコミの非難を浴びました。何がなんでも海外派兵だと当時は言いました。

 

 

 出発したのは佐藤正久3等陸佐(現参議院議員)以下の輸送科、施設科、武器科、警務科他の隊員です。輸送班はオーストラリアやカナダ、それにポーランド軍の監視隊に生活物資を運び、分遣隊は道路や車輌の整備に働きました。

 

 若いころの佐藤正久隊長の訓示が印象的です。(1)国際的に協調せよ、(2)信頼される部隊になれ、(3)努力せよ、そして自信をもて、というものでした。日本人だけで固まるな、信頼されよ、自信をもて。まさに緊張感があったのです。

 

その他の映像

 

 演習の風景はほとんどありません。空自の早期警戒機AWACSの導入は次回以降に触れてゆきます。災害派遣は北海道の豊浜トンネルの崩落事故に出る陸自隊員、屈斜路湖の毒ガス弾の除去に活躍する部隊の様子です。

 

 次回は平成9(1997)年の映像紹介です。

 

 

 

 

(あらき・はじめ)

 

 

 

 

(令和三年(2021年)9月22日配信)

 



著者略歴

荒木 肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同大学院修士課程修了。 専攻は日本近代教育史。日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を行なう。横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝状を受ける。 年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、講話を行なっている。

著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして軍隊をつくったのか─安全保障と技術の近代史』(出窓社)、『現代(いま)がわかる−学習版現代用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古い!─昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震災と自衛隊─自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気と軍隊『日本軍はこんな兵器で戦った−国産小火器の開発と用兵思想』『自衛隊警務隊逮捕術』((並木書房)がある。







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