自衛隊警務官(38)─陸軍憲兵から自衛隊警務官に(38) 日本軍の捕虜はどう待遇されたか?

荒木肇さんの最新刊

日本軍はこんな兵器で戦った−国産小火器の開発と用兵思想

「きわめて人間臭い、戦場の実相の一部が目の当たりに浮かぶような気がしました」(元自衛官)
「兵器装備というのは、予想戦場、兵士の知的水準、兵站補給、技術工業水準、その他もろもろの要素が絡み合って開発される・・・といった常識がとてもよく理解できました」(経済人)
日本の技術者はどんな兵器を開発し、兵士たちはどんな訓練を受け、戦ったのか?
先人への感謝と日本現代史に熱い思いを抱く、すべての人に捧げます。




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はじめに

 

 驚きました。安倍晋三氏は総理として最長不倒の記録を出され、そして健康上の理由を挙げて辞任されました。それについてのさまざまな論評が賑やかで、また後継についての予想や希望が渦巻いています。
 なかでも愉快だったのが、札付きの反政権である共同通信のアンケート記事です。それによると、世論が望む最高得点者は石破氏とのこと。たいへん面白い結果です。なぜなら石破氏は弱小派閥のリーダーでしかなく、自民党総裁戦を戦うための推薦人20人を集められるのかと心配されています。

 

 わが国は民主主義の議会制を重んじる国だったはずです。恣意的な「国民の声」などで首相は選ばれません。まっとうな手続きに従った選挙によって選ばれた国会議員、その中でも与党議員たちが選んだ総裁が首相になるのが国家の制度です。

 

だから、勝手に誰とも分からない人々に電話取材をして、その結果、石破氏が党首になるべきだというのは、まったくおかしなことです。どうしてマスコミは、まだ、そんなすぐデタラメだと分かることをやっているのでしょう。よほど私たちをバカにしているとしか思えません。

 

今日は時代をもっと下がって、大東亜戦争で連合軍に捕まった日本兵捕虜の話をします。

 

 

ソ連も日本も捕虜が少なかった。

 

 貴重な研究がある。情報史を専門とされる山本武利氏の『日本兵捕虜は何をしゃべったか』という貴重なものだ(2001年、文春新書)。その中に素晴らしい比較がある。吹浦氏の業績の紹介だが、「第2次世界大戦主要国別捕虜数」という数字が挙げられている。

 

 ドイツは945万1000、フランス589万3000、イタリア490万6000、イギリス181万1000、ポーランド78万、ユーゴスラビア68万2000、ベルギー59万、フランス植民地52万5000、オーストラリア48万、アメリカ47万7000、ハンガリー33万7000、オランダ28万9000とある。では、わが国はどれくらいだったろうか。20万8000である。そうして似たような数字の国がソビエト連邦だった。21万5000が総数だが、参戦した軍人と比べてひどく少ない。実は、ソ連では捕虜になって母国に送還されると、シベリアに送られてしまったのだ。だから、その恐怖のために捕虜にならずに行方不明になったり、最後まで戦ったりしたのである。

 

 アメリカ軍は捕虜にひどく良い待遇を与えた。それは戦争末期に捕虜になった人たちの手記にもよく出てくる。有名な『俘虜記』の中にも、その贅沢な食事の支給や、病気やけがの手当ても手厚かった様子が描かれている。

 

別に人道的だったわけではない

 

 多くの捕虜が、米軍の人道的な態度に感謝したらしい。たしかに、捕虜は大切にされた。運よく、米兵の中のサムライ・サーベル(日本刀様式の軍刀)、拳銃マニアに見つからずに捕虜になれた将校も多かった。スーベニア(記念品)を取るには射殺する方が簡単である。

 

捕虜は階級が高いほど厚遇された。捕虜は情報の生きた宝庫だからだ。兵士より下士官、下士官より士官の方がより価値が高かった。知っている情報の質が高く、米軍の知りたかった部隊配置や、装備などにも詳しかったからである。また、日本兵捕虜はたしかにぺらぺらとよく話をしたらしい。

 

 だから、連合軍はなんとか生きた捕虜を得ようとした。山本氏の著作には珍しい投稿を誘う、前線を通過できるビラが載っている。その内容を見てみよう。

 

 まず、日本兵が読めるようにすべての漢字にはふり仮名が付いている。「米軍の俘虜は米軍兵士と同等の食事を支給されるから、・・・日本でいえば、東京でも一流の帝国ホテルあたりで食べられるものを毎日与えられる。以下、米軍兵士毎日の糧食を示すと」とあり、次のような表がある。

 

 魚及び肉類・136匁(510グラム)、米及びパン・95匁(356グラム)、馬鈴薯・75匁(ばれいしょ・ジャガイモのこと、280グラム)、野菜類・84匁(315グラム)、穀類・11匁3分(42グラム)、果実類・32匁2分(121グラム)、砂糖・37匁7分(141グラム)、牛乳・68匁(255グラム)、バタ、其他脂肪類・24匁8分(93グラム)、茶、コーヒーなど・18匁7分(70グラム)といったものである(換算は概数)。

 

 日本陸軍の平時の主食は1943(昭和18)年の「陸軍給与令」では、1日に精米600グラム(4合)、精麦186グラム(約1合2勺)だった。野戦では、1938(昭和13)年の例では主食精米660グラム、精麦210グラムに増えた。他に生肉210グラム、生野菜600グラム、漬物類60グラム、調味料を醤油80ミリリットル、味噌75グラム、食塩5グラム、砂糖20グラム、茶3グラムとなっている。

 

 ところが、負け戦が続き、補給線もズタズタである。兵站軽視というが、別に軽視したとか、いい加減だったというわけではない。輸送力や、保管能力などがどうにも間に合わなかったのだった。
 これらのビラは日系2世などが作ったらしい。「帝国ホテル」とはいささか大げさで、読んだ日本兵は理解できただろうか。残念ながら、このビラといっしょに印刷された「戦線通過査証」がどれだけ実際に使われたのかについては記されていない。

 

戦線通過査証

 

 英文を直訳したものである。宛名は「連合軍軍隊の構成員へ」とあった。
「本査証の所持者は自発的投降兵なり。同人は丁重なる取り扱いを受くべきものにして、最寄りの司令官宛護送されたる後、更に戦闘区域以外へ後送さるべし。同人は恐らく英語を解せざるも、手真似にて命令を受くる用意あるものとす。右告示す。米国軍司令官」(原文はカタカナ)

 

 さらに注意書がある。それによると、以下の指示に従えという。
(1) 昼夜の別はないが、自分一人で米軍陣地に近づくこと。
(2) 両手を頭上にあげて、この査証を打ち振ること。
(3) 米軍兵士側から合図があったら、この査証を提示して、手真似の命令に従う。

 

 次週は、取り調べなどについて紹介する。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(あらき・はじめ)

 

 

 

 

(令和二年(2020年)9月2日配信)

 



著者略歴

荒木 肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同大学院修士課程修了。 専攻は日本近代教育史。日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を行なう。横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝状を受ける。 年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、講話を行なっている。

著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして軍隊をつくったのか─安全保障と技術の近代史』(出窓社)、『現代(いま)がわかる−学習版現代用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古い!─昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震災と自衛隊─自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気と軍隊『日本軍はこんな兵器で戦った−国産小火器の開発と用兵思想』『自衛隊警務隊逮捕術(近刊)』((並木書房)がある。





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