陸軍小火器史(56) 番外編(28)─「伝統を継承する海自と陸軍と断絶した陸自」

荒木肇さんの最新刊

日本軍はこんな兵器で戦った−国産小火器の開発と用兵思想

「きわめて人間臭い、戦場の実相の一部が目の当たりに浮かぶような気がしました」(元自衛官)
「兵器装備というのは、予想戦場、兵士の知的水準、兵站補給、技術工業水準、その他もろもろの要素が絡み合って開発される・・・といった常識がとてもよく理解できました」(経済人)
日本の技術者はどんな兵器を開発し、兵士たちはどんな訓練を受け、戦ったのか?
先人への感謝と日本現代史に熱い思いを抱く、すべての人に捧げます。




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令和元年度自衛隊音楽まつり

 

参加した軍楽隊

 

 11月30日と12月1日の両日、東京代々木の国立競技場屋内体育館で「自衛隊音楽まつり」が開催されました。例年、使われる皇居北の丸の武道館が改修工事中のために、昨年からの周到な準備を続け、実行にこぎつけたものです。

 

 内容も大きく変わったような気がします。会場内の設備の変更、たとえば従来のような床面からあがったステージが組まれませんでした。これまで半円状にステージを取り囲む観客席が東西南北の4方向になりました。もちろん正面、防衛大臣や同副大臣、政務官といった主催者側が立つ2階南に挨拶用の設備は造られましたが、それと相対する北側からの観客の視線にも十分応えようとした出演者側の配慮もありました。

 

 招かれた外国軍バンドは、出演順に紹介してみましょう。神奈川県座間の在日米陸軍軍楽隊、米海兵隊第3海兵機動展開部隊音楽隊、ベトナム人民軍総参謀部儀礼団軍楽隊、ドイツ連邦軍参謀軍楽隊というものでした。初参加はベトナム人民軍とドイツ連邦軍です。アジアから、そして欧州からの登場が印象的でした。

 

 もちろん、日本側の参加部隊は中心となったのが陸・海・空のそれぞれの中央音楽隊です。ただし、海上自衛隊だけはその部隊名称には「中央」がつきません。陸上自衛隊中央音楽隊、航空自衛隊航空中央音楽隊に対して、海上自衛隊東京音楽隊といいます。ただし、いずれも指揮命令系統では、防衛大臣直轄の部隊です。

 

他の音楽隊が、陸自は各方面総監(方面音楽隊)、各師団・旅団長(師団・旅団音楽隊)、空自が各航空方面隊司令官(航空方面隊音楽隊)、海自も各地方総監(地方音楽隊)に隷属するのに、それらは別格になっています。ただし部隊名では、海自の東京音楽隊だけが中央をことさらに冠しておりません。

 

自衛隊は「軍隊」ではないために、「軍楽隊」を名乗ることはなく、あくまでも音楽隊という言い方になります。同じ、第2次大戦の敗戦国、占領、独立という順序を経たのに、ドイツは「連邦軍軍楽隊」を名乗っています。憲法に対する姿勢の違いといってはそれまでですが、なんとも興味深い事実です。

 

退場曲から思うこと

 

 序章をおえて、第1章は「トラディション−伝統と伝承の輝き」と題した演目でした。まず、陸自中央音楽隊の演奏と第302保安警務中隊の登場です。この中隊は、陸自東部方面警務隊の隷下になります。わが国唯一の特別儀仗隊です。国賓などの歓迎式典で特別儀仗を行ないます。今回、目立ったのは新しい服装と、これまでの米軍制式のM1ライフルから改められた旧陸軍の九九式小銃をベースにした新しい槓桿式小銃でした。

 

木部は美しい仕上がりで、関心のない方にとっては同じように見えるかもしれません。実際に拙著に書いたように、全長もほとんど変わらず、M1は半自動装?式であり、九九式はボルト・アクション。というのも遠くから見れば、機関部の違いなどはよく見なくては分からず、グリップの形状の違いも目立ちません。

 

しかし、興味深いのは、かつての敵であった米軍装備を廃して、昔の日本陸軍の制式銃を改良し、ベースにした小銃を儀仗銃に採用した流れです。やはり木部の美しさを継承するといったことより、先人が開発した国産小銃を採用したという事実に注目したいと思います。ところで、ドイツ連邦軍の儀仗銃も、先の大戦を戦い抜いたマウザー98Kだそうです。

 

 演奏と演技を終えて、退場する陸自部隊。その演奏は「陸軍分列行進曲」でした。ご承知の方も多いことでしょうが、西南戦争(1877年)に題材をとった新体詩である「抜刀隊」にフランス人が曲を付けたものをマーチにしたものです。

 

昔の陸軍では、行進といえばこの曲が奏でられたものでした。「抜刀隊」の歌詞は「我は官軍」で始まる西郷軍を討伐する意気を描いたものです。このおかげで、「官軍とは何事か」という声が当時の防衛庁の中にあり、昭和30年代には演奏が許されなかったとか。それが現在では、各地で演奏され、部隊の徒歩行進のときには、ほぼ必ず聴くことができます。

 

 海自音楽隊の退場曲は、やはり定番、行進曲「軍艦」でした。ふつうは軍艦マーチといわれてなじみ深い勇ましい行進曲です。わたしが子どもの頃には、よくパチンコ屋の前で聴くことができました。逆にいえば、それくらい民間でもなじまれてもいたのでしょう。そうして、海自の音楽隊の演奏では、必ず、「軍艦」が演奏され、観客もまた当然のように受け入れています。

 

 

読者のお便りから

 

伝承の海自と断絶の陸自

 

 ある陸自の高官から、わが意を得たお便りをいただきました。

「旧海軍からの伝承、伝統を大事にする海自と異なって、陸自は旧陸軍と断絶しました。そのため、小火器や装備について、『世間の定説』が容易に入りやすい環境にありました」

 

この違いはまったくご指摘の通りです。海自の創設、その発展については、すでによく知られているように、海自は旧海軍の伝統・風習だけでなく運用や技術も引き継いできました。もちろん、英国海軍を日米両海軍とも師匠とあおいできたので、米海軍の指導を受けても混乱もなかったのです。また、海自発足時には戦時中の海軍軍令部にいた政治好きの将校たちは排除され、「よき伝統」を継承する人が主流になりました。

 

対して、米式装備の警察予備隊、保安隊からスタートした陸自は、まったく条件が違いました。もちろん、海軍も同じように公職追放によって正規将校たちは入隊を拒否されました。もっとも、陸自は軍隊について知らない人ばかりでは運営ができず、審査の上で旧軍将校も採用された事実があります。内務官僚、旧軍出身でも予備将校ばかりを指揮官にしても、まともな軍隊にならなかったのです。

 

ところが、教育内容はまったく一新されました。「朝鮮戦争を戦い抜き、勝利をおさめた米陸軍の教訓を学べ」ということから、顧問団からは米陸軍式戦闘法、同運用、同教育等が強制されたのです。「旧陸軍のことは価値がない」「旧陸軍はすべてが間違っていた」と断定するのが常識になりました。いつの世でも、大きな声が勝ち、大勢が主張することが通ります。これを事大主義、「大に(事)仕える」というのですが、これは現在の世の中にも見られることでしょう。

 

いま事実を見つめる力を

 

そうして、旧陸軍のことはすべて価値がない・・・というのが大方の世論になりました。そうして占領軍による日本人の意識改革があり、過去を否定することが正義になったのです。過去を学ぶことも無駄であり、いわゆる進歩派からは過去を評価することは反動的であり、笑われるべき無教養といわれました。

 

もちろん、この進歩派とはまやかしであり、実際は反資本主義、反米主義の人たちの集団であったのです。そうした人たちが、意図的に、あるいは保守層の中でも無意図的に、戦前日本否定を「定説」にしてきました。

 

庶民は、しかし、心に中に美しいものへの郷愁も残してきたのです。そうでなければ、「分列行進曲」や「軍艦」が残るわけもありません。どちらも「国民のため」「国のため」「同胞のため」に自らの身の危険もかえりみず、任務を果たそうとした人々への賛歌です。先人たちは、これらの曲で士気を鼓舞し、威風堂々と行進しました。それを懐かしく思い、哀しい記憶の中に埋めこんできたDNAがあるのではないでしょうか。

 

高官からのお便りには次の文言がありました。

 

「わたしたちが、いまわが身の危険もかえりみず、事にあたって任務遂行にあたるためにも、過去の事実をみつめる力を身に着けること。国民の負託に応えるためには、正しい歴史を知らなくてはなりません」

 

ありがとうございます。

 

この原稿を書き上げた12月2日午前11時の時点で、アマゾンの「旧日本軍」の分野で第1位でした。読者の皆様の応援たいへん励みになります。

 

メルマガ新連載について

 

 現在、「自衛隊警務隊と逮捕術」について、自衛隊から情報提供、ご協力をいただきながら取材を続けています。警務隊員は陸上自衛隊では1600人余り、その実態はなかなか知られていません。警務隊とは英語ではMilitary Police、略称はMP、軍事警察、憲兵隊のことをいいます。災害派遣や駐屯地の公開行事などで、白いヘルメットに黒腕章に白抜きで「警務・MP」という文字を付けた隊員をご覧になった方はおられませんか。

 

 陸自だけではなく、海自、空自にも警務科職種があり、海外派遣などにも部隊のゆくところ必ず警務隊員がおります。部内の警察業務だけでなく、治安維持や国際貢献などにも貢献する存在です。その表芸といっては言いすぎです(彼らはみな司法警察職員ですから)が、その身に着けた「逮捕術」は警察のそれとも異なっています。その違いについては、取材の結果報告をご期待ください。

 

 

 

 

(以下次号)

 

 

(あらき・はじめ)

 

 

 

 

(令和元年(2019年)12月4日配信)

 



著者略歴

荒木 肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同大学院修士課程修了。 専攻は日本近代教育史。日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を行なう。横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝状を受ける。 年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、講話を行なっている。

著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして軍隊をつくったのか─安全保障と技術の近代史』(出窓社)、『現代(いま)がわかる−学習版現代用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古い!─昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震災と自衛隊─自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気と軍隊『日本軍はこんな兵器で戦った−国産小火器の開発と用兵思想』(並木書房)がある。


【防人の道NEXT】国民の理解が自衛隊を支える−荒木肇氏に聞く[桜H29/6/28]





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