自衛隊警務官(1)─陸軍憲兵から自衛隊警務官に(1)

荒木肇さんの最新刊

日本軍はこんな兵器で戦った−国産小火器の開発と用兵思想

「きわめて人間臭い、戦場の実相の一部が目の当たりに浮かぶような気がしました」(元自衛官)
「兵器装備というのは、予想戦場、兵士の知的水準、兵站補給、技術工業水準、その他もろもろの要素が絡み合って開発される・・・といった常識がとてもよく理解できました」(経済人)
日本の技術者はどんな兵器を開発し、兵士たちはどんな訓練を受け、戦ったのか?
先人への感謝と日本現代史に熱い思いを抱く、すべての人に捧げます。




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はじめに

 

 近代国民国家の軍隊というのは、まさに「社会の縮図」でした。それはいまの志願制である自衛隊でも変わりません。

 

階級章をつけた制服を着た武官や兵卒と、宣誓をして文官(兵卒に対応する雇員や傭人)として勤務する軍属がいました。その人々の出身は、国内各地域とあらゆる階層に及んでいたのです。その事情は自衛隊も同じでしょう。入隊する候補生や、現職の陸・海・空士、それに永年勤務の曹、准尉たち、そして幹部も出身を聞けば、まさに多種多様です。

 

ふつうの世間で犯罪があって当たり前なら、軍隊にも犯罪や事故が起きるのは当然でしょう。それを取り締まるためには、軍人の中にそうした任務を持つ人が必要になってきます。

 

ただし憲兵の仕事は、単に軍隊内の警察業務を行なうだけではありませんでした。軍隊の行動に対する妨害行為や、軍人への思想工作、いわゆる謀略に対抗する仕事もありました。それが普通なのですが、戦後、さまざまな見方や通説が大手をふって歩きました。戦前に敵対した勢力による仕返しのような言説がまかり通り、誤った見方が広められたのです。

 

憲兵隊の歴史までもが歪められ、まるで「悪の権化」「軍国主義の塊(かたまり)」のように伝えられてきました。小説や映画では、血も涙もない残酷な軍人、占領地では善良な民衆を拷問にかけ、あるいは虐殺するといったシーンがこれでもかと流されたのです。

 

近隣諸国ではいまも、そうした日本憲兵の姿が語り伝えられています。ある意味、それは当然でもありましょう。どこの国でも戦争に負けて、占領された被害者です。抵抗運動に立ち上がった人々もいたことでしょう。でも、それは日本軍側からいえば、りっぱな敵性外国人です。

 

制服や一見して分かる記章もつけずに武器をもって敵対する住民は暴徒でした。当時の戦時国際法から照らしても、逮捕したら処刑をするのがふつうのことだったと言ったら、いまも怒られるでしょうか。

 

これから始める連載は、そうした日本陸軍の憲兵を見直すものです。そして、いまの自衛隊の警務官のことについても知っていただきたいと思います。

 

いまの憲法にはない軍法会議

 

 明治憲法には、軍事司法機関として軍法会議があった。軍の秩序の維持を目的として、軍に設置される刑事の特別裁判所である。この特別裁判所の存在は、憲法第60条で認められていた。その構成や司法手続きは憲法第57条によって法律で規定された。この法律が軍法会議法、あるいは軍治罪(ちざい)法といわれ、裁判所組織法規と刑事訴訟法規を兼ねた中身になっていた。

 

 いまの日本国憲法には、この「特別裁判所」は置かないと明記されている。おかげで犯罪や事件が起きたときには、自衛官もすべて容疑者は一般の裁判所で裁かれることになる。また、犯罪や事故の捜査には、警務科隊員だけではなく一般の警察官も加わることがある。当然、捜査指揮、起訴手続きは検察官があたる。警務科隊員はみな司法警察職員であり、起訴手続きの準備をする資格はあるが、最終的には民間の裁判所に委ねることになる。

 

 それが正しいかどうかは、明らかにはっきりしている。憲法の規定が軍法会議を認めない以上、現行の制度は100%正しい。しかし、警察官も、検事も判事も、みな軍事や軍隊についてはほとんど素人(しろうと)といっていい。そのことによるデメリットはないのだろうか。

 

もっとも、ついこの間まで、自衛官が海賊や領海侵犯の外国人と交戦して、相手を撃って殺してしまったら、殺人罪で告発するといってはばからない政治家もいたことは記憶にあるだろう。ようやく近頃はそうした声もあまり聞こえなくなったが、裁判官の中には、露骨に自衛隊を敵視し、「自衛隊が戦わなくても、まず降伏し、占領軍の不法には有志が群民蜂起すればいい」などという人までいた。これは、ほんとうのことである。

 

 軍法会議がもつ裁判権の対象は、軍人軍属という身分、制服という事物、合囲地境(ごういちきょう)等の場所によって限定されている。軍人は武官(判任官という下士官以上)と兵卒に分かれ、軍属(軍に勤務する文官以下)もまた高等官と判任官、雇員や傭人に区分された。この身分をもっていれば軍法会議によって処断されることがある。

 

また、制服を着用して公務に就いている場合は民間人との事件や事故でも起訴され、審理を受けることもあった。「合囲地境」というのは、戒厳令などが布告された場合に敵によって囲まれた地域の指定のことをいう。そういう事情がある場合、国民の権利は当然制限を受けて、ふつうの裁判所で裁かれることがないこともあり得た。

 

 軍法会議は国家の司法機関だが、軍隊が移動すれば、占領地や作戦地域などでも裁判権をもった。また、軍事上の理由から裁判手続きを簡略にして、裁判官に軍人をあてた。もちろん、彼らは法律の専門職ではなかった。階級秩序の維持のために、指揮命令系統の観点からも、軍法会議の長官は司令官であり、統轄権をもった。判事ではなく、「判士」には被告人の階級以上の者がなった。陸軍少佐を裁くには、少佐以上の階級の軍人が任命されなければならなかった。

 

軍事警察と憲兵

 

 軍事警察というのは、国家の警察の中で軍事に関する警察のことである。まず、第一に警察という言葉について調べてみよう。手元の「大辞泉(小学館・松村明監修・1995年)」によれば、警察とは『(1)社会公共の秩序と安全を維持するため、国家の統治権に基づき、国民に命令・強制する作用。行政警察。(2)国民の生命・身体・財産の保護、犯罪の予防・捜査、被疑者の逮捕、交通の取り締まり、および公安の維持を目的とする行政機構。またその機関。』とある。ちなみに「公安」とは、『社会が安らかで秩序が保たれていること。公共の安寧。』のことである。

 

 軍事警察は、軍事司法警察と軍事行政警察に分けることができる。軍事に関する危害を排除することを目的とする刑罰権のことを軍事司法警察とする。軍法会議法、刑事訴訟法の手続きで軍人また准軍人、そして一般人の軍事に関係した犯罪を対象とした。

 

 軍事行政警察とは、軍事に関する行政警察で、軍事に関する危害を警防排除する警察権の働きをいう。そこでさらに軍事保安警察と、統帥(とうすい)および軍事行政にともなう警察に分けることができる。統帥とは、軍隊を統率し指揮することをいう。

 

 憲兵服務規定や、憲兵服務細則などに規定された憲兵の仕事は次の通りになる。解説しつつ読んでみよう。

 

(1)社会情勢の視察と警防
 社会の中の世論や思想傾向、いわゆる民情を調査し、危険なことへの警戒・防衛にあたる。日露戦後からはとくに社会主義思想や反戦・反軍思想などが流行し、これへの警戒、弾圧などが重要になった。

 

(2)軍人、軍属の非違(ひい)犯罪の警防と処置
 世間の風潮・流行は、いやおうなく軍隊に吹きこんできた。また、職権の乱用や権限の逸脱行為、上官への不服従、汚職、物資の納入に絡んだ汚職も今と変わらずあった。

 

(3)在郷軍人および未入営壮丁(そうてい)の視察調査
 在郷軍人とは、予備役、後備役、補充兵役の兵籍にある者をいう。詳しくはもっと広い範囲の者を含むが、簡単にいえば、現役を離れている動員令がかかっていない民間で働いている軍人である。また、徴兵検査の結果、合格し翌年の入営を待つ満20歳以上の若者を未入営壮丁といった。この人たちの行動、思想動向も把握していた。

 

(4)軍機の保護
 軍事機密の漏えいを防いだ。たとえば、東京湾は一部が「要塞(ようさい)」に指定されていた。そうなると、沿岸地域などは警戒され、情報収集を行なう者を監視した。

 

(5)要塞、軍港、その他軍事に関する築造物に対する危害の警防
 弾・火薬庫、造船設備、銃砲弾製造所、同備蓄所や演習場内の設備などに危害を加えられないように常時警戒をする。

 

職権を乱用しなかった憲兵

 

 憲兵は行政・司法の両警察権を与えられていたが、警察官庁に対しては配慮を行なった。たとえば国家の警察は内務省の管下にあり、地方長官といわれた内務省官吏の道府県知事の要請があってはじめて介入することがふつうだった。

 

 ただし、次のような場合は憲兵が独自で着手、介入することがあった。

 

軍事警察の目的を達するとき
憲兵の軍隊的威力警察を示すとき
警察機関としての公正な目的を達成しようとするとき
一般警察機関の補完的な役割を果たすとき

 

 とりわけ、(2)の軍隊的威力警察行為は憲兵の面目躍如というところだろう。暴徒が通常の警察力では対応できないときなど、騎銃(歩兵銃を短小化して馬上使用が容易にできるようにしたもの)を装備し、長剣、拳銃武装し軍隊的な運動をする憲兵隊の威圧感は大きかったことだろう。

 

 のちに紹介するが、関東大震災のときの混乱時には多くの憲兵が秩序維持に力を尽くした。

 

 次回は、戦地においての憲兵、軍令によって動いた野戦憲兵などを紹介する。

 

 なお、参考にする、あるいは引用する文献は、『日本憲兵正史・全国憲友会連合会・研文書院・1976年』が主なものである。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(あらき・はじめ)

 

 

 

 

(令和元年(2019年)12月11日配信)

 



著者略歴

荒木 肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同大学院修士課程修了。 専攻は日本近代教育史。日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を行なう。横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝状を受ける。 年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、講話を行なっている。

著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして軍隊をつくったのか─安全保障と技術の近代史』(出窓社)、『現代(いま)がわかる−学習版現代用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古い!─昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震災と自衛隊─自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気と軍隊『日本軍はこんな兵器で戦った−国産小火器の開発と用兵思想』(並木書房)がある。


【防人の道NEXT】国民の理解が自衛隊を支える−荒木肇氏に聞く[桜H29/6/28]





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