陸軍小火器史(54) 番外編(26)─敵より優位に立って戦いたい思い

荒木肇さんの最新刊

日本軍はこんな兵器で戦った−国産小火器の開発と用兵思想

「きわめて人間臭い、戦場の実相の一部が目の当たりに浮かぶような気がしました」(元自衛官)
「兵器装備というのは、予想戦場、兵士の知的水準、兵站補給、技術工業水準、その他もろもろの要素が絡み合って開発される・・・といった常識がとてもよく理解できました」(経済人)
日本の技術者はどんな兵器を開発し、兵士たちはどんな訓練を受け、戦ったのか?
先人への感謝と日本現代史に熱い思いを抱く、すべての人に捧げます。




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「悪魔に悪を説く」

 

 土曜日は抜けるような青空でした。都下にある小さな市にある駐屯地の創立記念日にお招きをいただき、出席させていただきました。そこは陸海空の自衛官が学ぶところでもあり、中には会計や情報、警務ほかの学校があり、さまざまな課程があります。

 

 駐屯地司令たる学校長の素晴らしい式辞がありました。続いて立たれたのは、来賓の筆頭、政権与党の国会議員の方です。いつもの議員先生方のお話の通り、国際情勢の不透明さを解説し、いかに自衛隊の任務が重要なものかを語り、災害派遣にも誠実に向かう必要があること、さらにはたゆまない訓練こそ自衛官の仕事であるといった高邁な演説でした。

 

 しかも長い。ふつうは5分くらいのはずですが、先生は15分近くも語りました。おかげで、式進行は大きく狂い、訓練を演示する予定の隊員たちは空しく外で待たされています。限られた時間の中、名前をアピールし、存在を印象付けるには十分な中身と要領の良い話し方が大切です。

 

 ある口の悪い元自衛官の先輩は、自衛官に国際情勢を説き、訓練の大切さを語るのは、まさに「悪魔に対して悪とはどういうことかを説教する」に等しいと笑っていました。地元の選出の議員さんなのに、この学校が海外情報の調査・分析にあたる自衛官を養成することも知らないのではないかと心配になります。

 

 このような方も国会議員です。選良です。しかも政権をになう与党の方でした。これでは、とても憲法改正など無理ではないかと思いました。

 

こんな僕たちに

 

 日曜日は近くにある横須賀市の防衛大学校に行きました。娘の母校でもあり、わたしの多くの友人たちが学んだところです。立派な観閲行進が行なわれ、先輩たちの搭乗する航空機が祝賀飛行をし、午後には恒例の「棒倒し」がありました。この競技は学生たちが構成する4個大隊が予選を行ない、それぞれの勝者が決勝戦を行ないます。

 

 各大隊は4個中隊で編成され、各中隊は3個小隊で成っています。合計で48個小隊、各小隊には1学年から4学年までの約40人が所属します。留学生は含まず、約1900人の学生が合宿生活をしているわけです。陸・海・空のそれぞれの要員に分かれるのは2学年に進むときになります。

 

 戦前の軍隊が、陸海軍の統合作戦がなかなかできなかった。その反省から、同じ釜の飯を食わせるという意図から、世界でも珍しい統合士官学校ができたと聞いたことがありました。

 

 棒倒しは、昔の海軍兵学校で行なわれた団体戦です。各大隊から選ばれた男子学生160名が、それぞれの役割に分かれて敵の1本の棒を倒すことに全力を挙げる肉弾戦になります。今年は、すでに3連覇をしている第2大隊が1回戦を勝ち上がり、第1大隊との決勝戦に臨もうとしていました。例年通り、少林寺拳法部の演武、応援リーダー部の演技が終わったときのことでした。

 

 1人の男子学生が壇上に上がりました。彼は4学年、開校祭実行委員長です。わたしたち来賓のいる方向に背を向けて、一般来場者の方に向かって彼はとつとつと語り始めました。開校祭の目的は2つあると言いました。1つは自分たちを見直すこと、もう1つは笑顔であると。しかも、その笑いは学生たちと、皆さん来場者の両方のものであると。

 

「知ることは理解の元になります。理解すれば共感できる、共感すれば互いのことがもっとよく分かります。そうして・・・こんな僕たちに、わが国の防衛を任せてもいいかなと思ってもらえれば、それほど嬉しいことはありません」

 

 厳しい生活です。よく、税金で学んでいるとか、手当てを貰っているとかの批評も聞こえます。しかし、24時間、いつも訓練と学習です。アルバイトをする暇も、自由に遊びに出かけることもできません。ふつうの大学生とは違うのです。しかも、こうして国民の負託に応える気持ちを学生たちは日々養っています。どうか、防衛大学校の学生たちにこれからも温かい応援をお願いいたします。

 

お礼

 

 Kさま、「京に下る」、まさに現代から見ている描写というご指摘愉快でした。ありがとうございます。そうですね。時代小説の書き手の方も、勉強はされておられるのでしょうが、ふっと筆が滑ることもあるのでしょう。それだけに歴史小説を専門にされる方々の中には研究者も負けるような勉強家もおられますね。

 

いくつかの読者の感想から

 

 続々とわたしのところには、拙著『日本軍はこんな兵器で戦った』の読者の皆さんの方からのお便りが届きます。陸上自衛官の方々からの感想の一部をご紹介します。ある高級幹部の方からのお便りです。

 

「旧日本軍が使用していた小火器について、これほど詳細にまとめられた資料を拝読したのは初めてです。旧日本軍が精神主義ではなく、火力主義であったことにも納得しました。38式歩兵銃が輸出されていた事実にも驚かされました。技術の趨勢に応じ、より高い能力の兵器を求め、敵より優位に立って戦いたい思いは、いまと少しも変わらないのだと改めて思いました。その変化をより効果的かつタイムリーに為し得た者が勝者になるのかと思います。将来を考える上で、過去を学ぶことができ、多くの示唆をいただくことができました」

 

 100年ほど前の大正時代、日本陸軍の中枢では「戦場の主役は小銃火か砲兵火か」という大論争がありました。第1次世界大戦の教訓から、火砲の威力をいい、小銃による火力は歩兵の自衛用にしかならないという主張があったのです。これからの戦争は砲兵が主役になるといいました。

 

ところが反発したのは、当時の戦場の主兵と自負する歩兵科でした。砲弾の威力は認めるが、やはり戦場を支配し、土地をおさえ、敵に銃剣を突き付けるのが戦争である。だから、あくまでも砲兵は歩兵の支援兵科にしか過ぎない。しかも、資源、国力に限りがある我が国が欧州戦場のようなふんだんに砲弾を撒くような戦争はできないというものでした。

 

そうして砲兵の拡張はおしとどめられ、いわゆる大正の4回にわたる軍備縮小も、中心は砲兵の大削減でした。これが満洲事変(1931年)、本格化した対中国戦争(1937年から)で、あまり語られない苦戦につながります。装備が減れば、人も減りました。陸軍士官学校でも砲兵科の生徒が減りました。昭和の大戦争では、火砲も不足しましたが、何より指揮官級の砲兵将校がたいへん少なくなっていたのです。

 

それでいて、陸軍は、なかでも歩兵は軽機関銃や擲弾筒といった火力を頼みにするようになりました。もちろん、砲兵火力の大切さは誰もが理解していたのです。拙著の中でも書きましたが、有効な対戦車砲がなかったために、爆弾を投げて米戦車を攻撃する・・・といった悲惨な状況が生まれました。現場の指揮官たちは誰もが「統率にならぬ」「まともな戦闘を否定するのか」という大反発をしたことも付け加えておきます。

 

▼先人から学ぶ

 

また、防衛産業の幹部社員の方からのご感想。

「兵器に関する自らの知識不足を反省しながら、また、技術というものに対する日本人の感性・姿勢に学びながら(先日、正倉院御物の多くが国内で作られたとするテレビ番組を観ましたが、技術を究めようとする日本人のDNAは現在に至るまで連綿とつながっているように感じます)、そして、国産兵器の開発能力が先細りしつつある我が国防衛の現状を憂いながら拝読させていただいております」

 

▼誤った定説をくつがえした

 

別の高級幹部の方から。

「知らなかった真実、先人の努力と苦労を学ぶことができる興味深い内容だったため、一気に読了しました。この名著により、帝国陸軍に対する誤った定説の数々が覆され、英霊の皆さまも喜んでおられると思料します」

 

▼若い世代の自衛官に

 

 同じく高級幹部から。

「現在、陸上自衛隊も新たな時代の新たな戦い方に対応すべく、編成、装備も改革の真っ最中にあります。先生のお書きになられたこのご本を自衛官自ら、なかんずく若い世代の人たちが我がこととして、興味をもって手にとってもらいたいと願います」

 

▼過去の兵器が今の兵器にひと筋になってつながった

 

 そうして、普通科(歩兵)戦闘の研究機関の将校の方からは、

「歩兵として小火器を扱ってきた隊員たちも、知っているようで知らなかったことがいっぱい書かれています。読んでみると、身近なモノの中から、いっぱいの発見があります。身近なモノからの発見は感動につながります。その感動にひかれて、過去の小火器と、いまの目の前の小火器が1つの筋となってつながってきました。いままで、小火器を扱いながら、その歴史、技術、背景、訓練、用兵の進化、変貌などについて、あまりに無関心であったような思いでいっぱいです。今後は若い幹部たちとともに学んでゆきたいと思います」

 

 まだまだ反響は届きます。ありがとうございます。

 

 

 

 

(以下次号)

 

 

(あらき・はじめ)

 

 

 

 

(令和元年(2019年)11月20日配信)

 



著者略歴

荒木 肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同大学院修士課程修了。 専攻は日本近代教育史。日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を行なう。横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝状を受ける。 年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、講話を行なっている。

著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして軍隊をつくったのか─安全保障と技術の近代史』(出窓社)、『現代(いま)がわかる−学習版現代用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古い!─昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震災と自衛隊─自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気と軍隊『日本軍はこんな兵器で戦った−国産小火器の開発と用兵思想』(並木書房)がある。


【防人の道NEXT】国民の理解が自衛隊を支える−荒木肇氏に聞く[桜H29/6/28]





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