陸軍経理部(1)

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脚気と軍隊

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はじめに

 

 いよいよ年の瀬も押しつまり、皆様、気忙しくお過ごしではありませんか。また、インフルエンザ、風邪なども流行っているとか。ご自愛ください。

 

 さて、来年1月から、陸軍経理部のお話を連載させていただきます。世間の出来事はおよそ「人・物・金」の動きで決まるのでしょう。近代国家とその組織であった陸軍もまた、同じでした。軍隊が行動を起こすときばかりか、平時の組織を運営するのもすべて人が金を使って物を動かしていました。

 

 陸軍では、その仕事の多くを経理部の人たちが動かしていたのです。大きなところでは国家の動きに関わる国家予算の軍事費の算定から、小さなところでは日々の消耗品、電球や便箋、鉛筆までに関わっていたのが経理部の人たちでした。その人員も決して少なくはないわけです。

 

 大東亜戦争の最末期の数字ですが、陸軍の総兵力は約398万人(昭和19年11月)、うち将校(少尉以上の高等武官)は約25万人(うち現役約4万7000、召集同20万3000人)にもなりました。通常、当時の列国の軍隊でも、将校は全体の4.5%、准士官・下士官は12.6%、兵は82.9%が標準だったようです。こうしてみると、将校の割合は約6.3%なので、帝国陸軍は標準より頭でっかちだったといえます。

 

 25万人のうち、現役兵科将校は約2万8000人、軍医同5700、技術同6700、経理(主計・建技)同4100、獣医同1000などで経理部将校も現役将校全体のおよそ9%にものぼっています。案外知られていない経理部将校とその部下たち、詳しく知ってみるのも兵站を理解する一助になるのではないでしょうか。

 

 毎回、わかりやすいエピソードを交えながら、経理部のことを書いていけたらと考えています。

 

兵科と各部

 

 日本帝国陸軍の軍人は誰もが、兵科あるいは各部に所属しました。戦闘を専門とするのは7つの兵科、歩兵、騎兵、砲兵、工兵、輜重兵、航空兵、憲兵です。陸軍軍人が正式に名乗るには、たとえば陸軍歩兵大佐、同憲兵少尉、同工兵軍曹、同輜重兵上等兵などと必ず兵科名を入れたのです。人事上の取り扱いもすべて兵科ごとに行なわれていました。教育総監部には、それぞれの「兵監」、たとえば騎兵なら騎兵監がいて、その兵科の教育・訓練、人事の一部も握っていたのです。

 

 歩兵聯隊に所属する者は歩兵でしたし、野戦砲兵聯隊に勤務するのはみな、野戦砲兵です。日露戦後から昭和の九五式といわれる詰襟型の軍服の時代には、襟には各兵科の定色のパッチが付いています。歩兵は緋(ひ)色、騎兵は萌黄(もえぎ)色、工兵は鳶(とび)色というように一目で兵科が識別できるようになっていました。ただし、将官になると兵科の区別はなくなり、襟の定色も付けません。

 

 これらが軍事警察を仕事とする憲兵を除いて、残りの6兵科がすべて「兵科」に統一されたのが1940(昭和15)年のことでした。これ以後、正式の官名もすべて兵科を除いてしまい、陸軍中佐、同中尉、同伍長などというようになりました。

 

 現在、陸上自衛隊では兵科といわず「職種」と言っています。軍隊ではないために「兵」が使えないからです。普通科、特科(野戦・高射)、機甲科などを戦闘職種といい、施設科、輸送科、通信科、航空科などを戦闘支援職種、衛生科、武器科、会計科などを後方支援職種などと言っています。もっとも航空科には対戦車ヘリコプターもあり、施設科にも装甲ブルドーザーや同作業車もあり、隊員はみな普通科(歩兵)戦闘をこなしています。近代戦になればなるほど、前線と後方の区別がなくなってきていることから考えても、区分そのものの意味も変わってきているのでしょう。

 

各部について

 

 各部とは経理部、衛生部、獣医部、軍楽部から始まり、のちに技術部や法務部ができました。各部の中で部隊があるのは衛生部と軍楽部だけでした。

 

 兵科とのもっとも大きな違いは武官としての立場です。何より高等武官でも「将校相当官」といわれ、決して将校とはいわれなかったことでした。陸軍の組織は、軍隊・官衙・学校・特務機関とされますが、軍隊の指揮権をもつのは将校(兵科)だけです。各兵科・各部の尉官を士官、同佐官を上長官といいましたが、兵科士官、兵科佐官、兵科将官だけが軍司令官、師団長から始まり分隊長にいたるまで戦闘部隊の指揮官はすべて将校と兵科准士官・下士官だけだったのです。

 

 官名である階級名も、長い間、少尉や中佐、少将といったものではなく、経理部なら1等主計(大尉相当官)、2等主計正(中佐同)、主計総監(中将相当官)というように呼称され、服装も含めて将校とは厳然と区別されていました。あまり知られていないことですが、階級章も銀色の筋、星やボタンも銀色であったのです。また、帽子の鉢巻は兵科の赤色に対して、各部軍人は定色をつけていたので、遠目でもすぐに分かりました。有名な森鴎外(軍医総監=中将相当官)のお嬢さんのエッセイにもそのことがあります。

 

 ある日のこと、鴎外と娘さんは一緒に歩いていました。すると数人の小学生くらいのやんちゃ坊主たちがそれを見て、「わあい、中将だ!」と駆け寄ってきたところ、そばに来たら、「なんだ。軍医だ」と口々に言い、離れていったそうです。おそらくズボンの側章の深緑の定色を見てそう言ったのだろうと書いています。

 

 この制度を改めて、各部の相当官を各部将校というようになったのは、1937(昭和12)年のことでした。初めて少尉、中佐、中将といった階級名の前に経理部なら主計という名称をつけて兵科と区別します。他も同じで、軍医少尉、軍楽大尉、獣医少将などといわれるようになりました。准士官や下士官も同じです。事務系統の下士官は計手(けいしゅ)とされ、等級で区別されていたのが兵科と同じに、准尉、曹長、軍曹、伍長といわれるようになりました。

 

 現在の陸上自衛隊には会計科部隊があり、その指揮官は会計科幹部が務めています。防衛大や一般大学を出た人、部内幹部候補生出身の人、3尉候補者出身の人と経歴は多様ですが、みな他の科の人と同様に2尉(中尉)や1佐(大佐)と呼ばれ、区別はありません。制服の場合でも、違いが分かるのは襟の職種徽章だけです。部隊の旗も、地色が職種の定色が使われるくらいでしょう。

 

経理という言葉

 

 今ではごく普通に世間でも使われるようになった言葉ですが、もともと経理とは軍隊の言葉でした。辞書には『会計に関する事務の処理』などとありますが、軍用語から始まったことは疑えません。すでに幕末には、幕府陸軍はフランス式を採用したことはよく知られています。アテンシオンを「気を付け」、サリュを「敬礼」などと訳していました。

 

 明治維新で、新しい国軍をつくった時のことでした。フランス語の翻訳に苦労していたときに、Adminstration という言葉が出てきました。英語では「経営、管理」と訳しますが、先人たちはこれに「経理」という漢語をあてます。この訳には別の解釈もあり、「行政、経営」とすることも間違ってはいません。ただ、これには興味深い解釈も伝わっています。

 

 戦後、東大法学部教授だった故辻清明教授は、『ふつう公私の集団における行動を表現する共有語だったものを、わが国では行政という用語を公行政の場合のみ用い、それ以外の集団については「経営」という名称をつけている。・・・わが国の伝統的な差別感に由来するもの』と述べているといいます。たしかに公権力の代表である国家組織だけが、経理を使ったとすることには大きな説得力がありますね。

 

制度上の「経理」

 

 国家の組織である陸軍は当然、統治機構の一つであり、その任務は「統帥・軍政」と2つに分けられました。統帥は軍令ともいわれ、作戦・用兵に関することです。軍政は軍の組織・維持・管理に関するものとなります。

 

 陸軍ではさらに軍政を2つに分けて、「編制」と「経理」としました。経理はとくに軍政の狭義としての意味をもたせ、内容を4つにしています。

 

 1、軍需の調達
 2、軍需の保持補給
 3、人馬の給養
 4、理財

 

 これら経理の執行に関しては、国法に準拠し、成果に対しては責任を負い、合法性・経済性を目途として、しかも軍事的な要求に調和させねばならないとされました。このことは一般の行政官庁ともまったく同じです。

 

 経理部に属する軍人(経理官という)の主な任務はといわれれば、『特に金銭・衣・食・住に関する事項を会計経理と称する』というようなことでした。
 1942(昭和17)年の陸軍官制「経理局」から抜粋した資料が残っています。

 

 1、軍資運用の研究審議に関する事項
 2、経理部の勤務教育同前
 3、予算、決算同前
 4、会計の監査、監督同前
 5、民間工場の会計監督同前
 6、被服、糧秣、及び衣糧器具の整備・補給の指導監督等同前
 7、陸軍用地及び諸建築に関する調査・研究等同前

 

 ということですから、守備範囲がいかに広かったか分かります。

 

 次回、新年からは長い陸軍経理部の歴史や教育制度、平常の活動、野戦での行動なども含めてエピソード風に描いていきます。

 

 それでは、よいお年をお迎えください。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(あらき・はじめ)

 

 

 

 

(2017年(平成29年)12月27日配信)

 



著者略歴

荒木 肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同大学院修士課程修了。 専攻は日本近代教育史。日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を行なう。横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝状を受ける。 年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、講話を行なっている。

著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして軍隊をつくったのか─安全保障と技術の近代史』(出窓社)、『現代(いま)がわかる−学習版現代用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古い!─昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震災と自衛隊─自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気と軍隊』(並木書房)がある。


【防人の道NEXT】国民の理解が自衛隊を支える−荒木肇氏に聞く[桜H29/6/28]





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